第35話 枯樹生華

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 (3)  本日は曇天なり。  私の気持ちを表しているかのようなお天気は見事なもので、今にも降りだしそうな雨を気にしながら歩いている今は、これから起きるであろう悲劇を表しているよう。  ソネルちゃんに少し聞いてもらっただけでも、嘘のように心は軽くなった。リアルの家の事について、相談できる相手なんて今までいなかった。  ずっと独りで抱えては、独りで何とかしてきたし、他人を頼るだなんて事今まで考えもしなかった。  それこそ、現実から逃げるようにゲームへの扉を叩いて、没頭しているときに、偶然にもお人好しで独り好きな院長に出逢ってしまったからだとおもう。  ソネルちゃんは私にとって本当の家族のよう。それこそ、家族以上に想っている存在だと言ってもおかしくない。  ゲームのソネルちゃんも大好きだし、現実世界の曽根崎なるちゃんも愛おしい存在だ。  なるちゃんが演奏しているCDは全部コンプリートしているし、私が勤めているmoonでも流している。  聴けば、なるちゃんの魂がハサミに宿るようで、嘘のように気分があがるの。  そして、そんな幸せなひとときとは180度違う、負の時間にこれから向かおうとしている。 『実家への帰省』  正式にはおばあちゃんの家への帰省である。 「着いたらちゃんと挨拶くらいしなよ?あなた、働いているのだからそれくらいはできるでしょ?」  おかぁさんは少し飽きれ口調で私に話し始めた。おばあちゃんの家に向かうときから私に対して機嫌が悪くなるのはいつもの事であり、もう慣れてしまった。  おかぁさんからすれば、華道を捨てて私が美容師という仕事(ジョブ)を選択していることを良くは思っていない。 【ハサミを使う仕事だから】  華道も美容師もハサミを使う。所作は全く違うにしても、ハサミは指の独特の筋肉を使う。毎日ハサミに触れないと指は訛り、思うように動かなくなる。  ハサミを使っているうちはおかぁさんも強くは怒ってこない。それを知っている私はある意味卑怯者なのかもしれない。  ただ、華道の事でしか私を計ってくれないおかぁさんの事をよそよそしく感じる。  さて、おばぁちゃんの家に着いてしまったのである。 「凛々胡……お帰り」 「ただいま、おばぁちゃん……先に言っておくけど、親族としての訪問だからね?!変な勘違いしないでよね」  
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