第35話 枯樹生華

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 1歩入ればそこは私にとって別空間だった。懐かしい匂いが昔を思い出され、天井近くまで(そび)え立つ和ダンスの圧迫感が私を出迎えてくれた。  昔はこの独特な圧迫感が好きではなかった。いかにも偉そうで、いつでも押し潰されそうで……小さいときはおじぃちゃんの部屋に入るのにいちいち気合いを入れては怯えているのを悟られないように我慢していた。  でも、今はこの圧迫感が心地いい。  華道横山派の後継者候補のギクシャクに巻き込まれないように私を護ってくれているガーディアンのようで頼もしい存在。  本当はおじぃちゃんのこの部屋にも動物のぬいぐるみを少しずつでも置いて、私がリラックスできる空間にシフトしたいんだけど、それをしちゃうと『凛々胡は華道をする気になったのか?』と勘違いされても困る。  生け花なんかよりも、今の自分を大切にしたい。また、辛く苦しく、怒られるだけの日々に戻りたくはない。  私の青春の全てを奪おうとした華道とは仲直りをする気にはなれない。  そんな華道嫌いの私が、おばぁちゃんのもとに尋ねてきたのには勿論理由が2つある。  1つ目は、大好きなおじぃちゃんの墓掃除。ゲームの世界でテローゼちゃんや、シャーロッテさんに出逢って以降、死者(ゴースト)との会話も案外悪くないと思えるようになりつつある。勿論、怖いことには変わりないのだけれど、それでも私の想いを一方的でも良いから『報告しておく』ってのも必要なんだと認識した。  今までは、死んだおじぃちゃんに対する想いやありがとうの気持ちを心の中にしまったままにしていたんだけど、ちゃんと報告しようと思い、来たのである。  ま、ちゃんと伝えているのに、変な勘違いをするどこかの院長もいるくらいだから、黙々と聞いてくれるおじぃちゃんのお墓の方が院長より優秀なのかもしれない。  そんなこんなで、私の華麗な作戦としたら、お墓参りを済ませたらさっさと家に帰って、ゲームの世界に戻りたいわけである。  久しぶりに、院長から同行してほしいって頼まれたクエストがあって、それが結構時間がかかりそうなの。  ちょうど、おかぁさんはおばぁちゃんの家に来ているので、華道に関する打ち合わせとかで2、3日くらいはおばぁちゃんの家に泊まるに違いない。  ゲームの事をガミガミと言うおかぁさんが、家にいない時間を確保できそうな今、【ワープホール】でも【どこでも行けちゃうドア】でも使用してさっさとこの場を離脱したい。  
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