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おばぁちゃんは時々冗談を言う。ボキャブラリー豊富で、周りの緊張を解す為に手段として選んでいる。
14代目が言う筈もない場面でちょこっとだけ。クスりと誘う独特のテンポで口から零れたボケは、瞬く間に空気を変える。
そんな魔法使いのようなおばぁちゃんが言った。
「展覧会に出さないか」と。
私にはわかる。冗談で誘われていない事ぐらい。わかってはいるがまともに受け止められない私がいる。
「カットマネキンを?」
私は美容師だ。駆け出しではないが、今は全力疾走中の身。そんな私が横山派の生花を出して一体何の意味があると言うのか。
私は選び、そして棄てたんだ。
『華道』を【過去の物】として、押し入れに隠し、『美容師』を【手探りな今】として奮闘することに。
「私は許可したからね、凛々胡。1度口から出た言葉を無かった事にはしない。本当に飾りたいなら、マネキンを飾っても構わんよ」
おばぁちゃんは笑いながら部屋を後にした。私が頑固なのは他の誰でもない、おばぁちゃん譲りだ。1度決めたことは撤回しない人だという事くらい孫の私なら嫌でも知っている。
反対に、おばぁちゃんも私の性格を知っている。私が華道を離したときに、自分の花鋏を棄てたことも。2度と戻らないと決心する為に、装備していた花鋏と決別する道を選んだ。
そして美容師へ半ば強引にジョブチェンジした。
だから私には華道をする資格はおろか武器さえ持っていない。
私は今もこれからもずっとハサミとクシの二刀流だ。
おばぁちゃんの言葉を聞き流すには時間がかかるかもしれないけど、これ以上ここに居ても私が困るだけだ。
今日は簡単な手伝いだけして先に帰ろう。
段取りが悪そうな生徒の所に行って、荷物を奪い取り「後の事は任せて、運んでおくから」と伝え、いそいそと逃げるかのように荷物を所定の場所まで移動させてから、私は家へ戻ろうとした。
「凛々胡」
私を呼ぶ声がした。振り返らずとも声の主はわかっている。
「何?おかぁさん」
「もしかして、おばあちゃんから何か言われた?」
声のトーンがやや低い。どうやらイライラしているご様子。
「ううん、おじぃちゃんの話をしていただけだけど?」
私はわかっている。おばぁちゃんの許可があれば、今回の展覧会に参加できちゃう。華道を蔑ろにした私の作品が展示されないように釘を刺しに来たことくらい。
「私、用事があるから」
そう言い残し、返答を待つことなくその場を後にした。
午前中だというのに、夕方かのように静まりかえった街。さっきまで曇っていたくせに、私が帰る時に限って、晴天になっている。
「裏切りったな」
私の気持ちを表してくれていると思っていたのに、今の空がおばぁちゃんの笑顔とリンクしているようで少し腹が立った。
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