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私にはわかる。横山家の血筋であれば、あの鋏がもたらす悲劇がどれ程なのかを。
全ての負を引き寄せることだけに留まらず、関わった人間すら巻き込んでしまう。
色を失った渦が轟音だけを遺して奪いさるように。
この鋏がもたらした悲劇は過去に何回もあった。それ以来、扱う者が現れなかったことは言うまでもない。
【ごめんなさい】
心の底から沸き上がる謝罪の感情に溺れそうになった。息をしようにも、喉には形になり損ねた言葉が引っ掛かっている。
声から察するに、おかぁさんも、私がワザと置いたまでは思っていない様子ではあった。展覧会を困らせても何も生まれないし特もない。
「何かあったら……」
おかぁさんは口を割った。『責任取りなさいよ』だろうとばかり思っていた私だったけど、続いた言葉にオドロカサレテしまった。
「……私に何かあったら、おばあちゃんを支えてあげてね」
おかぁさんから弱気な言葉を聞いたのは、この時が初めてだった。才能のあるおばぁちゃんとは違い、努力で継いだおかぁさん。誰よりも練習し、華道に向き合ってきた。
長い時間華道に捧げたおかぁさんでさえ、鋏が陽の目を見ただけで、自信は砂のお城のように脆くなっていた。
私はおかぁさんに、何の言葉も返せなかった。
華道に一番遠い道を選び、大事な展覧会に影響の無いように注意して過ごしていたつもりだったのに……
結果的には、最大の失態をしてしまっていたのだ。
1度起きた取り返しのつかない失態は無かったことにはならない。勿論、過去に起きたこと全ての事象は『結果』だ。私がどれだけ綺麗な言葉を並べたとしても、おかぁさんの状態異常を治癒できる『魔法の言葉』にはならない。
後悔の念が私の身体に纏わりついていても、皆平等に時は過ぎる。優しくとも残酷な風が時の流れを更に可視化さしてしまう。
メッセージが到着したアラームが追い討ちをかける。
送信主は院長からだった。
「もうこんな時間?私……戻らないと」
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