第35話 枯樹生華

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 攻撃モーションをキャンセルすることは簡単な事ではない。1度発動してしまえば、最期まで遂行しなければならない技が殆ど。  引き返したくてももう遅い。『タイム!』なんて、都合のいいフリーズボタンはこのゲームには存在しない。現実世界と同じ。歩みだしたらもう過去に引き返す道は存在しない。  嫌な予感は、最悪な現実へと化けた。院長達に脚を向けていた麒麟さんの姿はそこにはなく、私の視界を真横へと駆け抜けていた。  あの、温かい風は麒麟さんが移動する際に発生した僅かな空気の流れだったみたい。  麒麟さんは最初から私が攻撃モーションに移る瞬間を狙っていたよう。  虎哮(ここう)は私が誇る最速の移動術。私の速さは神獣にも通用しちゃう無敵の一手。  だけど、最速なのはあくまで『移動中』に限る。虎哮(ここう)を行う前の動作は通常の速度のままだ。  麒麟さんは私の踏み出す脚のモーションを虎視眈々と狙っていたことになる。そこまでは私は通常の速さ。麒麟さんの洞察力なら見落とすわけがない。  獣系の頂点に君臨する種族である『神獣』なら尚更だ。  モーション中に麒麟さんと眼があった。落ち着いた眼差しではあったが、確実に獲物を逃がさない、確かな眼だった。  狩りをする眼。しかも私は獲物側だ。  もぅこんな失敗は今後しないと誓った。だが、たった一回。その一回のミスが今までの流れをがらりと変え、攻めの姿勢がいつしか護りの気持ちにシフトしていた。  不安、後悔、躊躇い。  全ての感情が三つ編みをするように折り重なっては、私の心臓に巻き付いては身動きが取れない。  麒麟さんに与えた隙はわずか数秒。普段の生活なら些細な時間だが、生死を賭けた場面では決定的な時間となる。  麒麟さんは雷を帯びた牙で私の武器を噛み砕いた。 「うそ……そんな」  気づいた頃にはもう手遅れだった。  私の全てである二刀流が今、麒麟さんの一撃により音を立てた。物体として結合しあえない状態となった今、空中分解した。  キラキラと光る分子が全方向へゆっくりと拡がる。まるで、ビッグバンが起きた宇宙のように、音を忘れ飛散した。  【武器破壊】  私の装備品は現存する二刀流武器の中でも群を抜いてトップレベルの強度と威力を兼ね備えている。いつも共に寄り添い、いつも困難を斬り拓いてくれた掛け替えのないパートナー。  だが、別れは突然に訪れた。  ありがとうも、さよならも言えず、感謝の想いや想い出を語る時間も許されず……  これまで私が築いてきた全てが今この瞬間に過去のものとなった。
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