第35話 枯樹生華

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 あれから幾つ時が進んだのだろう……  未だに眼は開くことを拒んでいる。力みを解きたくないのか、それとももう何も視たくないのか、それはわからない。  自分で選んだ道なのに……  でも、身体は動かない。死んだのかな……死んでなくても、心はもうここには無いから死んじゃったも当然……  この短期間で失うものが多すぎたように思う。華道を捨てたことを思いだし、頑張って集めた二刀流の武器ももう跡形もないや。  ……あれ?本当に身体が動かな……あれ?  これが俗に言う『死後硬直』ってやつなのかなぁ。力を入れても身体がまともに動こうとはしない。  ただ、その違和感のおかげにより意識が現実へと帰還した。眼を開けると、私の身体は石化していることがわかった。 「私、生きてる。それに石化……」  【状態異常:石化】は珍しい状態異常の種類で、あまり使用するモンスターは数多くなく、数種に限られていた。ドラゴン族のなかでも上位種と石像系モンスターのBOSSくらい。  なぜ今、私が石化しているのかはわからない。わからないけど、妙に温かみを感じるのはなぜだろう。『身体が外気に触れていない』だけの理由ではなさそう。  身体が動かない分、周りを見渡す。だけど、周りにグデンファーさんも院長の姿もない。嫌な予感がしたので私は確認をした。確か、身体は動かなくてもメニュー画面は開くはず……開いた。 「参加中メンバー……1/3。2人とも死んじゃっている……」  私の愚かな行動により、院長とグデンファーさんが麒麟さんの攻撃により死んじゃった事を知った。 「馬鹿だよ……本当に馬鹿でどうしようもないよ、私は……」  麒麟さんはまだ生きていた。ここから数十メートル離れた場所で佇んでいた。私に対して背を向けており、完全に戦闘モードとは違った。おそらく、院長やグデンファーさんを倒して満足したのだろう。  ここで私の石化が解除され、元通りの姿に戻った。  そして、私は気づいた……  石化の状態異常をかけたのは院長だ。恐らく、回復魔法をカスタマイズして、私を石化したんだ。麒麟さんの雷系の技から私を護ってくれる為に……  石化している間は電気を一切通さない。だから私は無事だったんだ……でも、 「私だけ……闘えない私だけが残っても意味がないよ……」  現実を背けたくなり、私は地面に四つん這いになった。その時……目の前に光る物体が私の視界に飛び込んできた。  グデンファーさんが装備していた妖刀が足元に転がっていたのだ。 「なんで武器だけ……」  グデンファーさんが死んじゃったのに、グデンファーさんの武器だけがここにあるのはおかしい。普通、キャラが死んだ場合、装備品一式も一緒に元の場所へと戻るルールのはず。そうじゃないと、武器が誰かに盗まれ……あっ!  グデンファーさんの武器の上に数字が表示されていた。その数字は1秒毎に1ずつ現象しているようだ。現在『52』だからあと52秒でこの武器は消えてしまうんだ。  武器がキャラから離れる原因はただ1つ。盗まれたときだけだ。  グデンファーさんが亡くなる前に武器をスナッチ出来たのは、ただ1人……  『院長』だ!!  スナッチされた武器は所有者から離れると、一定時間その場に留まり、時間が経てば所有者の元へ自動的に帰る。だけど、その間に所有者が変わるような細工をすれば、その武器は留まり続ける。つまり、私がこの武器を拾えば、所有者は私になる。  亡くなる直前、グデンファーさんは院長と結託した。院長が、グデンファーさんの武器をわざと(・・・)スナッチすることでこの場に置いていってくれたんだ。  私なんかの為に……  院長の石化で雷の攻撃を無効化してくれて、院長のスナッチにより、グデンファーさんの武器をこの場に置いていってくれたんだ。  私はあの2人に生かされてるんだ。生命も、そして、剣士である誇りもっ!!  落ちていたグデンファーさんの剣を拾いあげた瞬間に涙が溢れては止まらなかった。  ありがとう……ごめんなさい……ありがとう……  武器が破壊され、諦めていた私とは違い、あの2人は最期の最期まで勝ちを諦めていなかったんだ。私の虎哮(ここう)なら麒麟さんに勝るって信じてくれたからこそ、私にバトンを繋いでくれたんだ。  後悔と感謝が交錯する。だけど、2人の温かい気持ちが、俯いていた私の背中をポンっと優しく押してくれたような、そんな気がした。  絡み合った糸はほどけて私の心臓からどこかに消えていった。  今はただ無の境地を取り込み、静かな心をもって、剣技に集中する。二刀流使いの私に、単剣は扱いきれない。ましてや、グデンファーさんの武器は妖刀。癖のある妖刀は使用者を選ぶ。  でも、今はそんなの関係ないよ。  2人が創ってくれた機会を  2人が創ってくれた勝機を  『失敗しちゃうかも』だなんて、下らない妄想で汚しちゃったら勿体ない。2人が私にくれた想いの方がずっと綺麗で純粋で素敵だもん。私は不安を抱くより、2人の温かいエールを抱く方を選びたい。  私は呼吸を整えた後、虎哮(ここう)で麒麟さんの間合いまでいっきに移動した。
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