第35話 枯樹生華

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(12) 「陸様いかがでしたか?お時間はあと5分で次の会場へ移動となります」  様子を伺っているスーツの男性は小さな手帳を片手にスケジュールを管理していた。陸・セガールは流すように会場を見渡してはいるが、歩みを止めずに溜め息ばかりついている。 「いかがも何も、総て想像の範囲内さ。既定路線。まるで君のスケジュール管理のようさ。完璧過ぎて実にサプライズがなくて……辟易とするよ」 「それはお褒めの言葉として受け取らせていただきますね。私にサプライズなんて必要ございません。陸様の安定した日々を送ってくだされることが使命ですから」 「安定した日々ねぇ~実に嫌いな言葉さ。移動車が故障して人力車で移動……ぐらいのユーモアがある方が私は嬉しいね」  笑いながら、出口へと歩を進める。彼の歩みの速度は弛むことはなかった。彼の歩みを唯一止めたのは先代の作品だけだった。だが、見たのは5秒。「ふ~ん」と言っただけで、作品を褒めることもなく、観たことをもう忘れているかのように歩きだし、今になる。  最後の角を曲がり、出口付近へと向かったとき、彼の横目にある作品がちらりと映り、思わず足が止まった。  彼が作品を観ようと作品の正面を向き直したとき、口から言葉が漏れた。 「こ……これはいったい……」  彼の目の前に置かれていたのは枯れた華が生けられた作品だった。これまで綺麗な華ばかりみていたので、そのギャップに言葉を失っているよう。 「し、失礼な作品だ、いや作品以下だ。陸・セガール様が来場しているのに、作品の1つも管理できないとは!!次の予定がございます。どうぞ、お迎えの車へご移動を」 「待て」  付き人の促しを一言で止めた。これまで表に出していなかった陸・セガールのあらたな表情に一同は息を飲んだ。  怒り、嘆き、どの感情にも当てはまらない、不思議な眼をしている。 「この作品……君にはどう映る?」 「えっ?えぇ、枯れた華があるだけの……」 「あぁ、私にもそう見える。『今』はな」 「ど、どう言うことですか?陸様」  付き人が質問をしたとき、陸・セガールはこう切り出した。 「私の横目に映っていたときは、枯れた作品などではなかった。……しかし、瞬きをする程の短い時間で枯れた作品に変化したのだ」 「そ、そんな事が……」 「あぁ。美しい華の作品が確かに存在していた。恐らく、私が作品を観ようとした瞬間に枯れるように細工したのだろう」  華は必ず枯れる。生命を宿したときからこの世を離れるまでの間、生物は必死に生きる。そして、全うした後は本体を脱ぎ捨てるようにその場で残し、次の世界へと移動する。  陸・セガールは、枯れた作品に籠められた意図を汲み取っていた。  一瞬でも素敵な瞬間を観た彼にとって、今の枯れた姿は受け入れがたいものとなっていた。 「私は確かに観た。横目に映ったときは生きており、そして死んだ姿も見せる。私の脳裏に『生』を瞬間的に記憶させた後、わざと枯らすことで、この作品は完成……というわけか。タイミングが少しでもズレれば台無しになる博打的な作品だ。  飾る高さも重要だ。私の目線に設定されていたからこそ、私より背が高い君には咲いていた瞬間を見逃したわけか。枯らした技法はわからないが、活ける華の命を奪うというかなり高度な時間調整が必要。  もう一度観ようとしたが、もう逢えない作品……ふはははは、私にこんな『切なさ』を味わわせるとは。私だけをターゲットにした作品がこの世に存在らするなんて」  不届き……だが、私の心を虜にした生意気な心意気、買おうじゃないか。 「おい、横山派の者を呼んでくれ。交渉だ」
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