一 パン屋の二階でパンを

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一 パン屋の二階でパンを

 さっき、護が降りてきた階段を逆戻りすると──今度は、二階も様変わりしていた。  護の記憶では、そこはギャラリーみたいな場所だった。小学生ぐらいの時、好奇心に駆られて上がって、書画などが展示されているのを見たことがある。  そもそも、この吹き抜けあり二階建て木造洋館は、護が子供の頃、連れてきてもらっていた海水浴場近くにある、郵便局だった。  泳げない母親が、浜辺で暑中見舞いの葉書を書いていて、ここへ投函しに行くのに、よくつきあっていた。道中にある駄菓子屋で、アイスを買ってもらうのが楽しみだったのだ。  中学生になると、親と海水浴に来ることはなくなり、友達と、夏に一度は訪れていたが──受験で来れなかった年の翌年、この郵便局が閉鎖になったのを知った。建物は何も変わらないのに、中だけがらんとしていた。  こんな風に、突然に、物事が変わってしまうことがあるんだ──と、思った。  そして、いままた、記憶とすっかり違っている景色を、目の当たりにしている。  ギャラリーだった場所は、事務所と個人の居間がせめぎ合った様な空間になっていた。  大きな本棚が、目隠しと境界みたいに置かれて、それを越えて中に入ると、木製テーブル、黒い革張りの椅子、奥にパソコン、プリンター……手前の壁にはボードが掛けてあり、予定だの何かの数字や単語を書いたメモが、びっしり貼られていた。こんな場所で落ち着けるわけもないから、やはり仕事の事務所なのだろうか。  ──じゃあ、手前にあった部屋が、個室かな?  階段を昇ってすぐのところに、もう一室あったのだが、そこをスルーして、こちらに来ている。 「トレイはその机に置いて。本棚の下段にスツールがあるから、出して座って」  護の先輩、北谷斗眞の息子──だと言う、冬晟は、窓際にあるコンロにポットをかけ、仕事の指示出し口調で言った。  だが、トレイを持った護は、物が無造作に置かれたテーブルを見て、戸惑うしかなかった。  硬くて重そうな洋書がいくつも積まれ、その間に、何か絵など描かれた雑用紙が……おそらく、パンの設計図(?)だ。こんなの下手に動かせない── 「適当に場所を空ければいいんだよ。……って、無理か。ほら、ここへ置けばいい」  冬晟は手際よく、本を退けた。そりゃ自分の持ち物だし、最初からそうしてくれていればよかったのに……護は空いた場所へ、パンを載せたトレイを置いた。 「……で、椅子は何処に?」 「本棚の下にある。丸い木の椅子だ」 「あ、あった。……うっ、汚い」  埃と思って手で払ったら、白がかった、そういう色の木だった。だとわかっても、制服である緑色のスラックスに汚れが付かないか、心配しながら座る。 「少し待ってくれ。ちゃんと、ハンドドリップで淹れるから」  冬晟は、コーヒーにこだわりが強いのだろう。そういう雰囲気と匂いが漂ってきて……悪くない雰囲気と匂いの、見るからに濃そうな、真っ黒いコーヒーを差し出してきた。 「どうも……」 「その、プルンダーと、サンドイッチに合う様に淹れた。旨いはずだ」  コーヒーが?──いや、パンが、旨い筈なのだろう。  先程、好きなパンを選んで二階に上がれと、トレイを渡された。そう言われて、ひとつだけ……というのは失礼な気がして、護は売場にあるパンから3つ、選んだ。  最初に、目の前に何種類も並んでいた、ペストリーから……赤い果物、青い実、リンゴか梨みたいなのが載っている中から、飴色がかったバナナを選んだ。バナナが好きだし、何となく、珍しい気がした。  それから、甘辛い、いい匂いのする、照り焼きチキンが載ったパンが気になった──が、舌打ちする様な冬晟の目に気づく。 「冷蔵庫に、サンドイッチがあるぞ」  階段下のスペースに冷蔵ケースがあると指され、覗いて見ると、護が想像する白い食パンのサンドイッチではなくて、堅そうな茶色のパンに、ハムとチーズなどが挟まっていた。まずは無難に、それを選んだ。  それから、異様なものが挟まっている、黒っぽいパンがあった。何故かそれに惹かれて、トレイに載せてしまう。  冬晟は、まずまずのチョイスだと思った様子だ。それから一緒に、二階へ上がって来た。 「……ぷれんだー?」 「プルンダー。日本では、一般的にペストリーと呼ばれている」  最初に選んだ、バナナのペストリーのことらしい。こんなの、プルンダーと言われてわかる筈もないのだから、最初からペストリーと言えばいいのに、一体何語なのだろうか。 「……食べていい?」 「どうぞ」  当然だろうと言う目を向ける冬晟は、手淹れのコーヒーを啜った。つられて、先にコーヒーをひとくち飲んでから、護はペストリーに齧りついた。  サクッと生地が崩れた次の瞬間、パリッという衝撃が広がった。バナナの表面のカラメルが砕けたのだ。バナナを緩衝にして、生地とカラメルがサクサクパリパリとハーモニィを奏で、口の中で絶妙に波打つ。 「キャラメリゼしてあるから、ほろ苦いけど、バナナで十分、甘いだろう?」 「うん、旨い……」  旨いは、旨い。だが……護はコーヒーで、口の中のザラザラパリパリを流し込んだ。 「痛った。口ん中、切れた」 「……大丈夫か?」  護は口内の、血の味をする箇所を舌で確認する。大した傷ではないと判断すると、自分の食べ方が下手なせいだと、気にしないことにした。 「で、こっちの、コーンビーフみたいなのが挟まった、これは何?」 「それはレバーパテ。ベルリーナラントブロートという、うちでいちばんライ麦が配合されたパンで挟んである。なかなか通好みなチョイスだが、……わかってて選んだんじゃ、なさそうだな……」 「レバーだったんだ……」  レバーなら、食べられなくはないのだが、何だってこんな形状なのか。しかし、選んだ手前、食べなくてはと、レバーのところを齧ってみる。白っぽい半透明なものが出てきて、それは玉ねぎスライスだったが、組み合わせも味も悪くない。これなら大丈夫だと思い、パンまでいっきに齧りついた。通好みらしい、そのパンは、果たして── 「酸っぱいパンだな……?」 「それでも、日本人が苦手な酸味を抑えてあるんだがな。……三十年前に死んだ人、か。その頃は、なかったかもな。いや、あったけど、売れなかった時代か?」  冬晟がそう言って、窓辺に掛けてある車のポスターに目を遣った。護も見るが、知らない車種だし、見たこともないフォルムの車で、下に2030という数字がある。車名の一部だろうか? それとも、これはポスターではなくカレンダーで──いま、2030年とでも……? 「なぁ、僕が死んだのって、西暦何年だったっけ……?」 「2000年だろ? 俺が生まれる2年前の筈だから」  護は驚く。それから丁度──本当に三十年経っていたのか!……と。  「僕が、その頃に死んでる人って、わかっていて、パンを選ばせて食べさせたのか……きみ、凄い、余裕があるよね」 「だって、俺はパン屋……ブーランジェリーだし」 「ん?  らん……じぇりー?」 「責任を持つ、パン職人ってことだ」  冬晟は意訳してみせる。ブーランジェリーとは、小麦を選び、生地を作り、焼き上げまで行なう職人のいるパン屋を指すから、単にパン屋ということではないのだ……。 「パン屋さんかぁ……僕的には、あの北谷先輩の息子がパン屋さんっていうのは、意外なかんじがするんだけど」 「……ああ、そうか。あんたが死んだ後、それがきっかけで、父さんが転職したなんて、知るわけないんだよな。──父さんは、最終的には、支店や弟子が店を出すくらいのパン屋を経営していたんだ。……もう、その店はないけど」 「えっ、北谷先輩が、パン屋? ウソだろ、あんな大手企業に就職したのに……?」  北谷斗眞は、護が進学できなかった大学を卒業し、不景気過ぎて氷河期とまで叫ばれた時期に、一流企業に就職した。とても優秀な男で、パン屋のパの字も、その人生に関係がなさそうだったから──信じられないでいる護に、冬晟が返してきた言葉は…… 「──その、北谷先輩って呼ぶの、言いにくくない?」  まるで、的外れなものだった。 「えっ? ……先輩なんだし、他に何か呼び方があるわけもないし」 「北谷って、言いにくいだろ。俺は子供の頃から苗字じゃなくて、冬晟って、名前で呼ばれてた。下の奴からは冬晟さん、って」 「普通、兄弟とか身内でもない限り、他人を名前では呼ばないだろう、失礼だし」  とにかく、「斗眞さん」呼ばわりはない。  よっぽど、つきあっているレベルの仲なら、許されたかもしれないが──。  ……つきあって欲しいと、言われたことはある。  斗眞とは男同士なわけだし、信じられなくて、狼狽しているうちに、なかったことにされて、済んだ話なのだが…… 「ふ、普通は、名前でなんか呼ばない。そんな馴れ馴れしいこと、できない!」 「……時代の違いなのか? 逆に護さんのこと、本條さんなんて、よそよそしくて呼べないけどな」 「いまの時代は、本当に目上の人にも、そんな風に呼ぶのか?」 「俺達はそうだし、上の人からも名前で呼ばれる。それで信頼関係あるって思うし」 「上司を、例え「さん」付けでも、名前呼びなんて考えられない……一体いま、何十年後の世界なんだ?」 「だから丁度、三十年だよ。俺、こないだ、献花に行ったから」 「ケンカ?」 「花を供えに行ったんだ。……護さん、下滝(しもたき)に落ちて、亡くなったんだろう?」  そう言った冬晟の顔に──突然、冷たい濁流が、二重写しになった様に見えて──護は身をびくつかせた。  その瞬間、手がカップに当たって、テーブルの上に倒してしまった。少量になっていたが、コーヒーが本の間に流れて、冬晟とふたりで慌てた。                  ☆ 「……三十年前に死んで、その自覚があることの方が、よっぽど凄いと思うんだが」  コーヒーを拭き終えた布巾を折り返しながら、冬晟が呟く。  言い終えてから、何か悪いことを言ったと感じたらしく、また顔色を濁らせた。 「……そうか。死んだってことわかってて、なんか、ごめん」 「そんな風に謝られることじゃないけど」  冬晟は折り畳んだ布巾を流しに放り……それから、沈黙になった。  こうしていてもどうしようもなく──護は自分から、話の続きを切り出した。 「──自分の葬式を見たんだ。夢の中でみる悪夢みたいな、遠い映像だったけど」 「……は?」 「だから、死んだ自覚がある理由……自分の葬式を、ちゃんと見てるからだと思う。……本当、夜にみる夢みたいな感覚で、手も口も出せなくて──凄く、もどかしかった」 「死人に口なし……か」  冬晟は決して、茶化して言ったつもりはなかった。護が死んだ理由、その経緯は──父、斗眞の書き付けを見つけて、熟読しているから、知っている……。  冬晟の視線の先──いつも座る椅子から見える本棚の死角に、色褪せてオレンジがかった写真が入った、日めくり型の写真立てがある。画像はデータとして見る時代、こんな凝った作りの写真立ては珍しく、当然、年代物だ。  その中の写真は、実はコピープリントで、オリジナルは別にある。その写真が大事過ぎて、そうしてしまったのだ。  そんな執着があるからか──護は冬晟の視線の先の、写真に気づく。写っているのが、高校時代の自分だということにも。 「あれ、これ──僕……?」  体操着の護が、短めの指でピースサインをして、小首を傾げている。 「この写真……僕も同じのを持ってるけど、変だな……確か友達と写ってたのに」 「護さんだけをトリミングして、拡大したんだ。元が古くて折れてたから、ほらここ、皺まで拡大されてる」  冬晟はそう言って写真立てを手に取り、その箇所を指差した。 「僕だけを? そういう加工、高いだろう」 「いまの時代は百円くらいでできるよ」  そんな話をしながらも、ふたりの関心は、写真立ての内側に挟んである、数枚の紙切れに向かっていた。 「ここ……紙が挟んであるけど?」 「ああ。……父さんの遺品から出てきた書き付けを、ここに俺がまとめたんだ」 「遺品って──先輩、もう死んだ、のか?」 「ああ。俺が小学六年生の時に……十六年前だな」 「そんな、前に──全然、知らなかった……」  急死だったから……と、言いかけて、その当時の護がすでにこの世の人ではなかったのに気づき、冬晟は怪訝な顔をした。 「あの世では、そういうの、わかるものじゃないのか?」 「知らないよ。わからなかった。だって僕、さまよってる霊……だから? たまに気がついた時に、こっちの世界を見る時があるけど、何年経ってるとか、わかんないし」 「そうなのか。……さまよっているのか」  子供の頃、幽霊はよく何十年も何百年もさまよっていられるな……と、思っていたら、生きている人間の年数と幽霊は関係ない──と、誰かに教わったことがある。  自分が死んだことに気づかなくて、この世に留まり続けている霊と、死んだ自覚はあるが、未練があって残り続けている霊がいて、悪いのは後者の方だとも聞いた。  だとすると、護は悪い霊ということになる。 「成仏……できないのか?」  来たばかりの客に、いつ帰るんだと尋ねているみたいな失礼さを感じるが、冬晟は聞かずにはおれなかった。護は──高校時代の写真と同じ、短い指で、右頬を掻きながら答えた。 「時期がくれば、いつでもいける。それは、わかっているんだ。だから、気が済むまでは、さまよっていてもいいんだよ」 「気が済むまで?──幽霊は長くさまよっていると、成仏できないって聞くけどな」 「それ、僕も生前に聞いたことあるけど……でも、こっち側は、時間の流れもルールも違うから、生きてる人は心配しないでいい」 「……霊に、逆に気を遣われるなんてな」  笑っていいことかわからないが──結局、ふたり、肩を揺らして笑ってしまった。  触れ合うギリギリの距離で動いたせいか、吐息まで触れそうで……護に体温がある気がして、冬晟はそっと、手を掲げた。 「……なに、してるの?」 「護さん……触ってもいい?」  護の、シャツくらいはいいだろうと、返事も待たずに指をのばすと、普通の人間みたいに触れた。  ただ、体温があるかは、まだよくわからない。続けて、護の手に視線を遣る。  冬晟は職業柄か、人の手指が気になる。護の指は短め……丸っこい指先だから、そう見えるのだろう。かわいらしい手──女子だったら、そう言われそうだ。  しかし冬晟には、男であろうと、好きな相手の手指なら、どんなものでも愛おしい。  ……自分が、同性愛者だと自覚したのは、父の斗眞が死んだ後だった。  母の再婚話が持ち上がった時、父の遺品を整理し直していたら、護の写真と、彼について書き綴られた数枚の紙を見つけた。いま、写真立てに挟んであるのがそれだった。  これらに触れた時──父も同じ性癖があり、本條護という男に対し、助けてやれなかった大事な後輩……それ以上とそれ以外の感情を持っていたことに、気づいてしまった。  父に関わったものが、遺した店も、母さえも、どんどん失われてゆく思春期だった──それらを守りたい、自分が引き継ぎたい気持ちの波間をもがいているうちに、気がつくと、護に対する恋慕をも掴んでいた。  会ったことも、逢うことも、永遠にない人だけど──だからこそ、思う。  この人が望むこと、無念な思いがあるなら、自分が叶えてやりたい……そんな風に思って、供養もしてきたつもりだ。 「──護さん、こんな感触だったんだな……」  気がつくと、やわやわと、護の全指を揉む様に触っていた。そして、手の甲をしっかりと、上から包む。体温はあった。熱くもなく、冷たくもない、好きだった人間の手──… 「本條さん、って、呼べない? ……どうも慣れないんだよ、名前で呼ばれるの」  他人に手を握らせておいて、気にするのはそこなのか、と、冬晟は少し可笑しかった。 「慣れてくださいよ。もう、そういう時代に変わったんだから」 「だってさぁ、僕、霊なのに……時代の変化に合わせる必要って、ある?」 「それを言われると──」  少し引きで、護を見る。あらためて、白シャツに緑色のスラックス姿を見た……生前、郵便局に勤めていたそうだから、その当時の制服なのだろうか。 「なぁ、その格好、昔の制服なのか?」 「え? ……ああ、これ、制服だな。仕事中じゃないのに、もう死んでるのに、これ着ているのが、おかしい?」 「いや……いまの郵便局員の制服と違うから。昔はこんなのだったのか、と」 「制服、……変わったの?」 「こんな緑色じゃないし……あれ、もしかして──郵便局って昔、国営だったんだよな? いまは民営企業ってのは、護さん、知ってる?」 「──知らないし、聞いてないし……北谷先輩は亡くなってるって言うし、本当に一体、いまの世の中はどうなっているんだ!?」  どんぐり目を、更に長く丸にして、護が叫んだ。  その様子を見て──冬晟は思う。さまよえる霊の護は、何故、このタイミングで、自分のところに現れたのだろう……と。 「じゃあ、その格好で、ここに現れた理由って……?」 「いや、別に……ん? でも……あっ!」  護はひとり懊悩の末、ぱっと顔を上げた。 「ここ、元郵便局じゃないか! だからじゃないか?!」 「元、郵便局? ……護さんが元郵便局員の間違いじゃなくて?」 「違う、いや違わない! ここは元々、郵便局だったじゃないか。だから、郵便局つながりで呼ばれた……とか」 「ちょっと待って──ここ、郵便局だったのか?」 「えっ、知らなかったのか?」  自分の店だろう、前身も知らずに買ったか借りたのかと、護が思っていると──。 「役場だったと聞いていたんだ。状態のいい、理想に近い木造建物だったから、前が何とか詳しく気にせず買ったんだ。役場でも銀行でも別にいいし。そう──それで……?」  元郵便局に、元郵便局員が呼ばれて……出てきた。  偶然にもそこは、自分が気に入って、パン屋を開いた建物だった──本当にただの偶然、なのだろうか。  ──それにやっぱり、何故いま、なんだ?  店を開いて、二年以上経つ──いままでは何もなかったのに、どうしていま……  冬晟は最近あった、変化らしい出来事を考えて……ふと、気づいた。  ──三十年目に献花に行ったから、それで何かが変わった、とか?  区切りがついて……とか、かもしれない。  だとしたら、あの日、下滝に行ってよかった。そこが護の終焉の地で──心から護を悼んだし、ずっと慕っていたから……。  その祈りが届き、今日ここで逢えたのかと──冬晟は珍しく、胸が震える様な気持ちになった。いつもは黙々とパンを作り、愛だの奇跡だのに胸を温めることなど、なかったから──。 「──とりあえず、僕は、このままここにいても、いいのかな……?」  護としても、「じゃあ、お帰りください」と言われても、戻るところが思いつかない。さっき、書庫らしき場所にいたが……それより前の記憶が出てこなかった。 「いいよ。どうぞ、本当に気の済むまで──俺のパン屋へようこそ、とでも言っておこうかな」  冬晟は、妙にふわっとした笑顔を見せて、言った。  意外に、やわらかいところもあるのだなと──そこは父親の斗眞に似ているなと、護は思った。
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