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十一話 ただ一人、満たしてくれるひと
「――ジョシュ、ジョシュ! 生きているのかッ?」
ぺちぺちと頬を張られて、ジョシュはうっすらと意識を浮上させた。ぼんやりと目を開ければ、辺りは闇に包まれている。
「レ……ナード様?」
頬に触れるのは何か。すっかり冷え切った冷たい手なのか。
そう思いついた瞬間に、ジョシュは覚醒した。
「レイナルド様!」
「どうしてこんなに冷え込ませている! もっと体調を慮ってくれ」
お互いの声が重なり合うも、レイナルドは離れていく。彼はつかつかと部屋を横切ると、暖炉へと近づいた。手袋をむしり取り、マントルピース内側の魔術印、その中央の魔石を操作する。すると暖炉内部に張り巡らされた印紋を赤い光線が走り抜け、魔術を投影した疑似火炎が上がる。触れても熱のない偽物の炎だが、暖炉を照明や憩いに使う層にもてはやされる装置だ。もちろん暖房効果も備わっており、暖炉を起点に床や壁に張り巡らされた魔術印が部屋全体を暖めるのだ。
「レイナルド様!!」
焔を映してぼうっと赤らんだ部屋の中を、ジョシュは裸足で駆け抜けた。
「レイナルド様レイナルド様!」
どんとぶつかる様にレイナルドに抱きつき、精一杯伸び上がって喉を反らす。彼を抱き留めすくい上げたレイナルドは、すかさず彼の唇を迎えに行く。レイナルドの首をかき抱き、唇にむしゃぶりついたジョシュは、赤子の如くその唾液を吸い上げた。途端に口腔を満たす甘い魔力に陶然と酔いしれる。
「遅くなった。よく頑張ったな」
しがみついて魔力を求めるジョシュの頭を撫で褒めそやしながら、レイナルドは小さな身体を暖炉前のラグに横たえた。
「レイナルド様ぁ……」
涙ぐみながら、ジョシュはレイナルドを見つめた。
(帰って来てくれた。こんな夜更けに、雪深い夜に)
そのことに胸が詰まりそうな思いがする。
レイナルドは厚い防寒具で身を固めており、その端々に雪が溶け残っている。濡れた手袋や雪まみれのブーツをむしり取り、重いコートを脱ぎ捨てて行くレイナルドから、ジョシュは片時も目を離すことが出来ないでいた。馬が使えないから徒歩で帰宅したのだろう。そうまでしてくれたことに、待ち望んでいた彼に再び会えた喜びに、涙が溢れて止まらない。
(このひとが好き)
唐突に、そう確信した。
ジョシュは自分も着衣に指をかけると、ためらいなく脱ぎ捨てた。すかさず四つん這いになってレイナルドに背を向ける。身だけでなく、心までもが飢えている。一刻も早くレイナルドを感じたい。
「……レイナルド様、ここに……はやく」
ジョシュの窄まりはすでに、蜜を垂らして濡れきっている。後ろ手でそこを押し広げながら、切なくレイナルドを誘った。
暖炉の炎が火照った頬を照らし出し、赤みを帯びた陰影が白い肌を舐め踊る。窄まりからつぅっと滴るしずくが、絨毯に銀糸を結ぶ。ゆらりゆらりと、誘うように揺れる金の尾。肩越しに流し見てくる、淫欲に染まりレイナルドを切望する美しい横顔。
それらに誘引されるように、レイナルドはすでに滾りきっていた自身を、ジョシュの隘路へと突き立てた。
「あああ――っ」
途端に、ジョシュは悲鳴のような喘ぎを上げた。収縮する内壁が容赦なくレイナルドを締め上げ、搾り取ろうと絡みつく。
「く……ッ」
抗いは無用であるとばかりに、レイナルドは素直にジョシュに身を捧げる。白濁に最奥を満たされて、ジョシュは啜り泣いた。
「ひ……ぁ、ああ。あ、ああんっ、ゃ――ああっ、やだ、まだ……ッ」
まだ足りないとばかりに腰を振り立てるジョシュの媚態に煽られ、すぐさま復活を果たすレイナルド。更にジョシュを満たしてやるべく、彼を穿ち始める。
狂乱じみた交わりは、ジョシュが人心地をつけるまで続けられた。
暖炉前のラグに転がったままぼんやりと床を眺めていると、やがて大きな足が傍らに立った。
「風呂を沸かしてきた。先に入るといい」
下穿きを身につけただけの姿のレイナルドが、優しくジョシュを抱き起こしてくれる。ジョシュは至る所を精液に濡らしていた。とりわけ下肢が酷い。尻の狭間は少し身動きしただけでごぷりと音を立て、レイナルドがせっかく注いでくれた精液を溢してしまう。魔力自体はすでに吸収しているので言わば残滓だが、やはり勿体無く思う。
だがそう感じているのは、当然ながらジョシュだけだ。レイナルドはジョシュの下肢にタオルをあてがうと、尻を支えてジョシュを抱き上げる。
「一人で入れるか?」
気遣わしげに問うてくるレイナルドの首に、ジョシュは甘えるように腕を絡めた。筋肉の張った肩に頬を乗せ、ため息をつく。
「――一緒がいい」
かすれた声で囁くと、レイナルドが歩みを止めた。
「一緒に入りたい、です」
聞こえなかったかな、ともう一度、先程よりもはっきりと伝えてみる。すると今度は、レイナルドは猛然と歩き始めた。ひとまたぎにする勢いで部屋を横切り、蹴立てるように浴室のドアをくぐる。
「いいのか?」
浴用椅子に降ろす前に、もう一度レイナルドが問いかけて来たので、
「はい」
とはっきりと頷いた。
レイナルドはジョシュをそっと椅子に降ろすや否や、己の下穿きをむしりとる。全裸になると彼は、桶に湯をすくい、ジョシュの身体を清め始めた。
滅相もない、とは、もうジョシュは思わなかった。
彼が世話をしてくれるのが、ひたすらくすぐったく嬉しい。甘やかな喜びに胸を高鳴らせながら、レイナルドと二人、泡をたててお互いの身体を洗い合う。
そうすれば、当然の流れとして。
泡も流さぬ内から再びジョシュを求めたレイナルドは、己の膝を跨がせると向かい合わせに腰を落とさせた。ジョシュ自身、彼の逞しい身体を洗っている時から身の内を火照らせていた。先程までの激しい情交の名残を残し濡れそぼっていた窄まりは、なんなく屹立を呑み込んでしまった。
「ん、あッ……ぁ。い……、ん……っ」
ジョシュの白く小さな尻に手を掛け、上下に揺さぶるレイナルド。されるがままに身を任せ、レイナルドの厚い胸板にすがりつきその首に腕を回すジョシュ。抽送が繰り返される度に結合部からぐぷりと濁った音が立つ。そのはしたなさに頬を染めつつも感じ入って身をよじれば、密着した二人の身体に挟まれたジョシュ自身と尖った乳首が、泡のぬめりを借りて善くなってしまう。
それらを十分理解した上で、レイナルドは背筋をしならせるような腰使いでジョシュを追い上げる。挿入されている穴もジョシュ自身も乳首も、全てがいっぺんに気持ちが良い。
「いいか?」
耳元で囁かれ、ジョシュはひう、と喘いだ。ぞくぞくした快感が肌を伝い背を駆けてゆく。
「い、いい、ですっ……きもちいい……っ」
甘くさざめくように小さな絶頂を繰り返しながら、ジョシュはレイナルドを見上げる。菫の瞳はとろりと潤み、情欲に濡れきってきた。桜色の唇の間からは、赤い舌がちろりと見えている。喘ぎに合わせて踊る舌先がキスをねだるように見えたのか、レイナルドはジョシュをかき抱くとかぶりつくように唇を重ねた。
「……ッ……」
舌を絡め取られ身動きも叶わぬジョシュが、唇の隙間から切羽詰まった吐息を漏らす。音にもならぬそれを合図に、彼は絶頂を極めたようだ。うねり引き絞る内壁に短く呻いたレイナルドが、ジョシュの内側に精液を放出する。
それこそがジョシュの求めていたもの、待ち望んでいた瞬間だった。
先程は無我夢中で貪ったそれを、ジョシュは意図的に味わう。身体に魔力が満たされると同時に、心にも何かが満ちてゆくようだ。レイナルドからもたらされた何かがジョシュの裡を駆け巡り、共鳴を響かせ続ける。
ジョシュにとってレイナルドが最高の奏者たり得るのは、ジョシュ自身がすでに彼を認め受け入れているからに違いなかった。
(このひとは、僕の唯一だ)
ただ一人、身体だけでなく心まで満たしてくれるひと。
(レイナルド様でなくば一体誰が、僕を満たせるというのだろう)
誰も、満たせなかった。穢れた淫魔となって蘇り、身を焦がす想いを己の穢れ故に諦めた。しかし胸の最奥、至高の席を占めつづける存在は、常に彼だった。
(もうこのひと以外、欲しくない)
多情な淫魔として、生きる糧として様々な男たちを受け入れてきた。それが淫魔という生き物だからと。
(もうこのひと以外、欲しくない)
それは淫魔としての生き方に、真っ向から逆らう決意だろう。それに逆らうことが可能なら――否、可能ではなくても、もうこのひとにしか満たされない。
更に激しくなった腰使いと共に最奥に叩きつけられる熱い飛沫に、ジョシュは意識を眩ませた。
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