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十八話 永遠の光(完結)
その後のギャロの処理などでレイナルドが邸を出入りしたものの、結局は普段より少し遅いだけの夕食時を迎える事が出来た。どうやら、面倒ごとはベリンダに丸投げしてきたようだ。心情的には、これ以上ギャロに関わりたくないのだろう。
「でもギャロはどうしてベリンダ様のお屋敷に居るのです? あれだけ『ヒース邸はメイベル様の孫である僕が継ぐんだ』って威張っていたのに」
「シュウが死んだ後に自分から出て行くことを希望した。お祖母様が散々引き留めて、じゃあ私が、と伯母が引き抜いて行ったんだ。シュウの思い出の多いヒース邸に居づらかったんだろうと思っていたが、今となってはそれだけなのかどうか。……所詮彼奴じゃないのではっきりとは分からないが」
「罪悪感があった、と?」
「さあ、どうだろうな。それに、ここを継がなかったのは、シュウの墓を作ったので俺に遺すしかなかった、という理由もあるが。……実際の所、ギャロの出生証明書は偽物だったのだ。偽物というか、祖母に提出された出生証明書があの孤児院の誰かの物であるのは確かだが、保管の悪さに名前などが消えていてな。そこを小細工し、一番外見が貴族らしかったギャロを祭り上げた、ということらしい」
「――じゃあギャロである可能性もあるんですね」
「あるな」
実際メイベルは、ギャロが孫である可能性そのものは一度も否定しなかったし、邸で小姓として働かせつつ、ギャロにもシュウにも教育を与えている。二人が望めば、中流階級の専門職に進む道も用意していた。
ギャロが現在も使用人に甘んじているのは彼の選択の結果である。何故ならメイベルは、彼への遺産を年金として遺したのだから。さほど多い金額ではないが、従者では到底稼ぎ出せない額なのは確かだ。
「だがギャロは、お前を浚って国外逃亡を企てるくらいだ。口で言うほどヒース邸への執着はなかったのではないか。それに実際は――」
レイナルドはそこで言葉を切って、向かいに座るジョシュをしみじみと眺める。
「うん。なあバリー、ジョシュはお祖母様にそっくりだな」
「……は。そうでございますな」
突然話を振られたバリーは慌てて頷いた。彼にしては珍しく、職務に集中出来ずに呆けていたのだ。
それはバリーだけでなく、ワゴンから料理を取りだしているモリーも同じだった。ここにいないベンとカーラも同様だろう。皆どこか夢見心地に浮ついている。
皆、ジョシュとレイナルドから聞かされた話を咀嚼仕切れていないのだ。
勿論彼らは、ジョシュの正体を頭ごなしに否定するようなことはなかったが。否定しない事と信じることは、似ているようで違う。今全てを信じることは無理でも、暮らしていくうちに受け入れてくれたらいいな、とジョシュは思っていた。
「さて、『シュウ』と『ジョシュ』。どっちの名で呼べば良い?」
部屋で二人きりになった夜。抱き上げたジョシュをベッドに降ろすなり、レイナルドはそう訊いてきた。
ジョシュは少しだけ考えて、迷いなく答える。
「『ジョシュ』でお願いします」
「理由を聞いても?」
「ええと、長くジョシュで生きてきたので……。シュウは本名ではあるのですが、幼名のような感じがします」
「そうか。では、ジョシュと呼ぼう」
「お願いします。その方が皆さんの混乱も少ないと思いますし」
人間の少年シュウと淫魔のジョシュは、やはり違う。無理にシュウとしてやり直すのではなく、淫魔のジョシュとして受け入れられている現在を、そのまま継続していった方がお互い過ごし易いだろう。
「昼に話を聞いてずっと疑問だったのだが――、つまり、シュウの墓は荒らされたのではなく……?」
自分もベッドに乗り上げて来たレイナルドは、ジョシュの隣に横になる。二つ並んだ枕それぞれに頭を並べ、向かい合った。
「あ、はい。あれは僕が自分で出て行ったんです。内側から棺を破って、……苦しかったので魔法で……、あれがお墓だったのに気付いたのは、墓石を見てからだったのですけど」
眉を下げながらジョシュが言えば、レイナルドはほっと息を吐いた。
「いや、良いのだ。……誰かに遺体を盗まれて弄り回されているんじゃなくて、本当に良かった……」
溜め息と共に吐露された心情は、紛れもなくレイナルドの心痛だった。それを耳にしたジョシュは、消えて無くなりたくなった。
(本当に僕は自分の事しか考えてなかったなあ)
羞恥と後悔ばかりが浮かぶ。
「僕はあの時――、変わってしまった自分が怖くて……既に身を穢されていましたし、とてもレイナルド様に合わせる顔がないと……ヒース邸に戻る勇気を持てませんでした。ですがそれは間違いでした。レイナルド様を信じて、戻るべきでした」
そうすればレイナルドは失った恋人やその亡骸を思い十年も苦しまずに済んだのだし、ジョシュは見知らぬ男たちに身を任せ続ける事も無かったのだ。
深い悔恨に沈んだ口調に、レイナルドはかぶりを振った。
「それは今だから言える事だよ。何もかもが変わってしまったジョシュの方が大変だったに決まっている」
優しい口調での慰めに、ジョシュは伏せていた目を上げた。
「レイナルド様が十年間も僕を好きで居続けるとは想像もしていませんでした。……黒山羊亭でお目にかかった時には、とっくに結婚なさっているんだろうなと思ったものです。まさか恋人すら、ひとりもいらっしゃらなかったとは」
「そう言われると、重たいくらい一途だな、俺は」
レイナルドは自嘲する。ジョシュは首を振り、彼の手を取った。
「いいえ。とても嬉しかった。こんなに姿形が変わったのに、シュウに似ていると……あれ、すごく嬉しかった」
あの時の歓喜を思い出し、ジョシュは頬を染める。そうするとレイナルドも面映ゆそうに笑んだ。
「お前がシュウだと知って、俺もどれだけ嬉しかったか」
ジョシュに握られた手を自らも握り返し、レイナルドはその白い手の甲に唇を落とす。
「俺は結局、お前しか好きになれないようだ」
レイナルドの告白に、ジョシュは更に頬を染めた。
「――そんなの僕もです。ひと目見た時から、レイナルド様だけをずっと好きです」
「出会ったのは、孤児院の庭でだったな。ぶつかったんだったか?」
「いいえ、いいえ。僕の方が先に――貴方が僕に気付く前から僕は貴方に見惚れていたんですよ」
遠い昔を思い出しながら言い合った二人は、目を見交わして笑った。
「張り合うようなことじゃないですね」
「そうだな。ともかく、昔からずっと両思いだったということだ」
そこでやっとレイナルドの手が伸びてきた。
寝間着を脱がされながら、ジョシュは内心安堵の息を吐く。もちろんレイナルドを信じてはいたが、少しだけ不安があったのだ。
けれどレイナルドは頓着した風もなく、いつも通りに、否、いつも以上に丁寧な愛撫を施していく。それだというのに、視線はいつもより熱を持ち飢えているのだ。
その視線に舐めるように見つめられ、ジョシュはたまらなくなってレイナルドに抱きついた。彼の首に両腕を巻き付け、唇を合わせる。ジョシュにとっては甘く感じる舌をちゅくちゅくと吸い上げながら抱き上げられ、レイナルドの腿を跨ぐように向かい合う。交差したお互いの物をひとまとめに握ったのはジョシュで、レイナルドは白い尻に両手を掛けて割り開くと、そのまま両方の人差し指の先だけを窄まりにねじ込んできた。
「ァッ……!」
体勢的に浅い所までしか入らない。もどかしさに前を擦り立てれば、その動きに合わせて指が内壁を抉る。もっと深いところまで欲しくて腰を振ろうにも、尻はがっちりとレイナルドに掴まれている。
「ん、ん、ゃだ、もっと……!」
「摺って。そのままいけ」
レイナルドが片手を引き抜き、竿を握るジョシュの手にかぶせてくる。ジョシュの手ごと二本の竿を擦り上げながら、窄まりに差し込む指を中指に変えて前立腺を刺激し始めた。
「そ、それ、だめ、だめでちゃう……!」
「いっていいから」
「だっ、て、一緒に……! ヤッ、ぁ!」
鋭く突き込まれる中指に、ジョシュがびゅくりと白濁を吹き上げる。至近距離で出されたそれは、レイナルドの頬や顎にまで飛んでいた。
ちなみにレイナルド自身は達していない。
整わぬ息を荒げながら気まずそうにレイナルドをうかがったジョシュは、唇付近に飛んだ飛沫を彼が舐め取ってしまうのを見て衝撃を受けた。
「そんなの舐めないで」
ジョシュは咄嗟に伸び上がって、彼の顔を汚す飛沫を舐めて始末する。自らのものは別に美味いものではないが、レイナルドに舐められる羞恥に比べたら不味い方がマシだ。
「あ……っ」
ぺろぺろ舐めている間に、レイナルドの指が再び窄まりに潜り込んでくる。二本、三本と増やされ、先程よりも荒々しく性急なそれに、ジョシュは再び前を立ち上がらせてしまった。
身体を転がされ、膝が胸に付くほど足を持ち上げられる。
期待感に身体がうずく。窄まりに当てられた熱い切っ先が、探るようにこすりつけられる。
「ぁ……! はやく……!」
腰を振ってねだった瞬間に、貫かれた。
「……!」
長大な質量に入り口から前立腺、最奥といった感じる箇所すべてをこすり叩かれ、ジョシュはひくっと息を詰める。身体がぶるりとふるえ、そのふるえが腹の底から沸き立って、何時までも止まらないのだ。
「あ、あ、あああ、あんッ、あ、や、きもち……ぁんんっ」
嬌声もとめどなく溢れてしまう。
レイナルドは深く抉り、擦り付けるように腰を使って、更にジョシュを追い上げた。腕の中で乱れる恋人の様子を眺める目は熱っぽくぎらついている。
「気持ちいいか?」
「は、はい。きもちい、です……ッ」
立ち上がったままのジョシュの竿は、赤く充血した鈴口からとめどなく体液を垂れ流している。白みの混じるその流れに、レイナルドはつっと指先を絡めた。
途端に、ジョシュが腰を跳ね上げる。
それを楽しそうに笑って押さえつけ、レイナルドはジョシュの細い腰を引き寄せた。
「昔は出なかったのにな」
「ァ、だって……僕、せい、つー、まだった……し」
初体験の時、苦戦したのはそういうことだった。あの時まだジョシュは精通を迎えてはおらず、勃起はしても達することは出来なかった。成長不良なのが悩みの種だったが、結局は人族とは違い、魔族の幼体だったからである。
「お前が射精する姿は毎日見ているが、シュウだと思うと感慨深いものがあるな」
レイナルドは舌なめずりするような口調でそう言うと、ジョシュのものに指を絡めた。
「んん、はぁ……、こんど、は、れな、ーど様も、一緒に……!」
与えられる刺激に、ジョシュの窄まりがきゅんっとレイナルドを食い締める。
「く……ッ」
「……あ……っ」
熱い飛沫が最奥に叩きつけられたのを感じ、ジョシュも自身を弾けさせた。
二度目はゆっくりと、いたわるように抱き合った。
絡み合う足も深いはずの結合もなにもかもが優しく穏やかで、それはまさしく愛の交歓だった。強い喜びを感じるがそこには奪うような激しさや痛みはなく、間違っても淫魔的に『補給』などと呼んでいいものではなかった。
長く深い交合はお互いを満たした。
抱き合ったままぐっすりと眠った二人は翌朝いつもと同じ時間に目覚め、いつもと同じ日常をこなしはじめた。
ただその日の朝がいつもと少しだけ違ったのは、お互いを見る眼差しがいつも以上に慈しみに満ちていたこと。そしてレイナルドが、
「俺が帰る頃に、ヒースの庭で待っていて欲しい」
と告げたことだろう。
何だろうと思いつつも追求せず頷き、ジョシュはその言葉に従い、夕暮れ時にヒースの庭へと向かった。
季節は春から初夏へと移ろい、花の賑わいを増す庭の最奥にひっそりと囲われた庭は、昨日の騒動が嘘のように静まりかえっていた。
ギャロとレイナルドが荒らした箇所は丁寧に修繕され、真新しい土の色だけが騒動の名残となっている。それを眺めつつ、ジョシュはパーゴラに入り、ひとつしか無いチェアの隣に立った。
チェアの背に手を添えながら、この席の主のことを考える。
ジョシュにとって、これはメイベルの席だった。
(ただいま戻りました、奥様)
ジョシュはチェアに座ることはせず、その隣に腰を降ろす。そしてチェアの足元から、ヒースの庭を眺めた。
春咲きのヒースは満開となり、小さな花々を開かせている。そこに夏咲きのヒースもちらほらと彩りを添え、紫や紅、白などが入り混じりけぶるような有り様だ。何処までがどの花と判別しづらい一体感が、ヒースの群生の良さである。
『それを良さと思えるなら貴方は幸せなのだわ。私は故郷にいた頃、この花が怖くて仕方が無かった。こちらを押しつぶしに来るような圧迫感と閉塞感ときたら』
雑談の中でヒースの感想を告げたジョシュに、メイベルは恥ずかしそうにそう言った。
『でもね、今ではこの花を”小さい花が大勢居て、とっても楽しそうね”って思えるのよ』
チェアの正面、パーゴラを下った所に、ジョシュの生没年を刻んだプレートが設置されている。
(だからここに僕を置いてくれたのだろうか――淋しくないように)
今となっては答えの得られない問いを、ぼんやりと考える。
そしてしばしの一人の時が過ぎ、約束の時が訪れた。
レンガ敷きの小径にこつりと靴音を響かせながら、レイナルドが姿を現す。今日は私服に着替えているが、どことなく気合いの入った出で立ちだ。
「レイナルド様」
慌てて立ち上がると、彼はそのままで、とジョシュを留める。
「お帰りなさい」
「ただいま」
パーゴラに入ったレイナルドは、立ったままのジョシュの足下に片膝をつく。そして懐から天鵞絨張りの箱を取り出した。
明らかに宝飾品が入っている小さな箱の出現に、ジョシュはどくんと胸を高鳴らせる。
レイナルドはその中身をジョシュに示すように、彼に向けて蓋を押し上げた。
ぱかりと開いた内側にはやはり、指輪が納められていた。
「ジョシュ。貴方を永遠に愛し、守り抜くと誓います。どうか私――レイナルド・フィルグレスと結婚して下さい」
実に模範的な、少女が思い描くようなプロポーズである。
レイナルドは精悍な頬を強ばらせ群青の瞳に浮かぶ星を揺らがせながら、ジョシュの返答を待っている。その瞳を見つめ、ジョシュはふうっと息を吸い込んだ。
「はい。私ジョシュも、レイナルド様を永遠に愛し続けると誓います」
淫魔と貴族の結婚なんて無理だろうだの、セシリアとベリンダ以外の親族はどう思っているのだの、引っかかることや不安なことは幾つもある。だがそれを抑えて、ジョシュは素直に返事を伝えた。
レイナルドを信じれば良かったと、昨夜後悔したばかりなのだ。
今度は信じる。彼を信じ、ありのままに話し合って寄り添おう――ジョシュはレイナルドの瞳を見つめ続けた。
不安げに揺らいでいた群青の瞳が喜びを映して、暗夜の星々をちりばめたかのような虹彩が輝く。そのきらめきを、ジョシュは心に留めた。永遠に信じ抜く灯として。
(完結)
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