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三話 予約
ぐちゅりと粘ついた水音が響き、濡れそぼった隘路が太い先端を呑み込んで行く。
「な、」
ベッドに仰臥したレイナルドが目を瞠る。その彼にジョシュは、艶然とした笑みを向けた。
「淫魔ってね、濡れるんですよ。便利でしょう?」
それはもう、自由自在に濡らす事が出来る。それと共に、どれだけ濡れても緩むことのない、さざめくような襞を備えた孔が淫魔の特徴だ。
「そ、れは、便利だな……」
ジョシュの狭隘さとしゃぶるように吸い付く襞に、射精感を堪えつつ答えるレイナルドの声には、深い実感がこもっていた。
昔、十六歳と十九歳だった二人の初体験では、それは苦労したものだ。レイナルドはあれから男を抱いたろうか? 彼の脳裏によぎる影が過去の自分ならば嬉しいのだがと願いつつ、ジョシュはレイナルドを己が内部に納めきった。
ばさりと羽をはばたかせて、ジョシュは腰を上下させはじめる。
息を詰めて短くうめき声を上げるレイナルド。彼は手を挙げてジョシュの注意を引き、留めると、腹筋のみでひと息に起き上がり、ジョシュを抱き込んだ。そしてそのまま、彼をころりと押し倒す。ジョシュは器用に足を抜き、騎乗位から正常位へと体位を入れ替えた。
「主導権を握られっぱなしなのは好みじゃない」
耳元で囁かれ、ジョシュはあはっと笑う。謝る代わりにレイナルドに頬をすり寄せると、群青色の目を覗き込みながら彼の唇を舐めるように啄んだ。
レイナルドはジョシュを抱きしめたまま、細い腰を穿ちはじめる。
「あッ…」
淫魔のジョシュであっても、レイナルドの物はかなりの存在感だ。太い切っ先に弱い箇所を抉られ、ジョシュは甘い吐息を漏らした。
「ん、あ、あぁ…っん、ゃ…あ」
窄まりの奥を叩かれ、引き抜かれていく亀頭に前立腺を引っかかれる度、内壁がじゅわりと蜜をこぼす。濡れた体内に籠もる熱を持て余し、ジョシュは腰を揺らめかせた。
セックスは何時だって、誰としたって気持ちが良い。
淫魔のジョシュにとってこれは食事で、生きる術なのだから。食事に愉悦を覚え、夢中になるのは当たり前のことだ。
けれども、目の眩むような快楽を覚えたのは、これが初めてだった。
レイナルドはジョシュと数度交わり、帰って行った。
彼主体で、彼の思うが儘の体位で交わり喘がされたジョシュは、大満足だった。レイナルドも良かったのか「また来る」とは言ってくれたが、どうだろうか。
(まあ、期待はしすぎないでいよう)
レイナルドと関係を持てるのは嬉しいが、その反面、彼に憧れている部分が『淫魔に嵌まるレイナルド様なんてらしくない』と叫ぶ。
ところがレイナルドは、その三日後に再び来店を果たし、ジョシュを指名した。ジョシュは勿論それに応じた。歓喜に胸が震えるようだった。
その後も、日にちにずれはあれど五日と開けずに通ってくるようになったのである。一体どうなっているのか。ジョシュは信じられない気分でいたが、嬉しかった。
更に嬉しいことにどうやらレイナルドは、ジョシュ以外の淫魔には興味がないらしい。
レイナルドの来店時にジョシュが他の客を迎え入れている時、他の淫魔たちは彼から指名を貰おうと盛んにアピールするのだが、てんで効果がないようだ。レイナルドはジョシュ以外の相手を見繕おうとはせず、食事だけを済ませて帰ってしまうそうだ。
『どうしてもね、ジョシュがいいんだって――』
同僚がやっかんだ口調でそう教えてくれた時、ジョシュは涙ぐみそうになった。
傍にお仕えすることはもう叶わないけれど、今の自分に出来ることで役に立てているのが本当に嬉しい。
「あ」
そして今。仕事を終えて店に降りてきたジョシュの前に、レイナルドが居る。
食事はすでに終えたらしく、テーブルの上にはエールとチーズビスケットだけが置かれていた。何気なくそこに意識を留めたジョシュは、彼が前回もそれを頼んでいたことに気づいた。
(クレソンのチーズビスケット)
あまり甘い物が得意でない彼の前には、お茶会となるとその手の物が置かれたものだ。同じクレソンならばスコーンも良いし、スコーンならばバジルも美味い。どちらも彼の好物である。
十年前と変わらない好みを微笑ましく思いながら会釈をすると、手招かれた。彼に侍っていた二人の淫魔が散っていき、ジョシュは空いた彼の隣に腰を降ろす。
「レイナルド様。こんばんは」
「ああ、こんばんは。ひと仕事終えて来たのか」
「ええ」
そのせいで夜も更けている。レイナルドが今までと同じ時間に来店したのなら、一時間以上は待っただろう。そんなにも自分の身体を気に入ってくれたのかと、胸をくすぐる誇らしさを噛みしめる。
「ええと、待っていて下さったのですよね。お時間を取らせてしまって申し訳ございません」
ジョシュが恐縮して頭を下げると、レイナルドはそれには何も応えないままに、ビスケットの皿を押しやってきた。
「ありがとうございます」
一枚取って小さく囓る。チーズの塩味とクレソンの苦みが爽やかだ。
「美味しい」
感謝を込めて微笑めば、今度はグラスを差し向けられる。勧められるままにエールも飲み干し、ジョシュはひと息ついた。
それを見計らうように、レイナルドが口を開く。
「予約は出来ないのか?」
ジョシュは一瞬、何を訊かれたのか分からなかった。
「料理ですか?」
料理も黒山羊亭の売りである。オーナーである悪魔の趣味が料理なせいか、料理にはかなりこだわっていて、多少値は張るが素材も味も良いものを提供している。中には、料理を目当てに通う常連もいるほどだ。ちなみにこのクレソンのチーズビスケットのレシピは、レイナルドの祖母の家で作られていた物である。オーナーに提供するにあたってアレンジは加えてもらったが、基本は一緒だ。
「違う。お前だ」
「僕ですか?」
ジョシュは目を瞠った。淫魔として身売りを初めて十年になるが、予約をするほど入れ込んでくれる客は初めてである。それがレイナルドとなると尚更光栄で、ジョシュは顔をほころばせた。
「出来ますよ。何時がよろしいですか?」
「二日後だ。時間はいつもと同じ――いや、多少遅れるかもしれないが、誰にも買われずに待っていてほしい」
「ご予約ありがとうございます。二日後ですね。分かりました。誰にも買われずに待っています」
請われた事柄をそのまま復唱するジョシュは、僅かに頬を上気させていた。そもそも、他の客と事を終えてきたとは思えない程平静な顔色をしていたというのに。清らかな白い頬を、レイナルドとの会話に間にほんのりと赤く染めたのである。
「――だから、必ず来て下さいね。待っていますから」
ねだるようなことを口にして、菫色の瞳でレイナルドを流し見る。
頬を染めたのはわざとではないにしろ、しなを作ってねだりがましいことを口にしたのは、ジョシュの作為だ。媚態など気持ち悪がられるかと思って、これまではレイナルドへの接客はあっさりを心がけていたが、予約するほど気に入ってくれているのなら、もしかすると媚態も喜ばれるのかと試してみたくなったのだ。
するとレイナルドは、唇は引き結んだまま、ぴくりと片眉を動かした。そして何度か目を瞬かせた後、唾を飲んだ。
「行くぞ」
そして性急な仕草で立ち上がり、部屋へと案内させたのである。
「今日はあのまま帰ろうと思っていたのに」
レイナルドはそんなぼやきを呟きながら、ジョシュをベッドへと押し倒した。
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