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プロローグ
まず、議題を挙げたい。
──大人の笑顔を貼り付けた隣人は、どこか頭のネジが緩んでいないだろうか?
藤宮千幸は、扉を開け早々に目に入った光景につっと眉を寄せた。
初夏の日差しが差し込むはずの前方に立ちはだかる、相変わらず何を考えているのかわからない相手を前に失礼なことを考える。
「千幸ちゃん」
腰にくる響く低音の声が耳をかすめる。
千幸はドアノブに手をかけたまま固まっていたがふっと息をつき、二十三歳の自分より三つ年上の隣人である小野寺翔の胸元から徐々に視線を上げた。
今日も完璧な出で立ちとバリトンボイスでのご登場に、千幸は仕方なく、もう一度言うが本当に前方を塞がれているから仕方なく、隣人と視線を合わせた。
途端、軽く笑みをかたどっていた口元がにっと嬉しそうに上がっていき、慈しむかのように優しい眼差しで見つめられる。
「おはよう」
「……おはようございます」
挨拶は基本だ。なので、常識の範囲だからと千幸は応じた。
ご近所の奥様方のみならず小さな女の子からたまに同性まで軒並みノックアウトさせる甘さを含む爽やかな笑顔を前に、千幸はむしろ蔑むように目を眇めた。
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