どこを向いても

8/28
前へ
/703ページ
次へ
「“そんなこと” というなら呼んでくれたらいいのに」 「そう言われると、そんなことでもないですね」  それも特に考えもせず返すと、小野寺の眉間が寄っていく。 素直な反応は本人自覚してなのか無意識なのか、しゅんと目の前でされると絆されそうだ。 「千幸ちゃん、可愛いのに可愛くない」  拗ねたように告げられ、くぅぅんと鳴いているように甘えた眼差しで見つめられる。  千幸はその瞳の熱量に押され小さく嘆息した。出す声もわずかに掠れる。戸惑いと、胸にくすぶる何かが平常でいられない。 「なんですか、それ」 「ね、ダメ?」  目の前には甘えてくる年上の男性。 どうしても名前を呼んでほしいと、強く強く懲りずに切望してくる。 子どもかっ!! そう思うと、そんな子ども相手にいつまでも固辞するのもかわいそうだ。  何度も何度も告げられ、千幸の心は今朝まで面倒そうだと思っていたことが揺れ始める。 「名前ですか?」 「うん。本当はどっちでもいいんだろ?」
/703ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3176人が本棚に入れています
本棚に追加