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リムジンにて
島原志保は、長い残業を終え、自宅に帰る途中、妙に高級なリムジンに乗せられ、早い話が拉致されたのだった。
「こんな形で申し訳ありません。志保さん。迂闊に帰宅されるとかえって混乱すると思いまして。私が誰なのかお解りでしょうか?」
「突然どうしたの?真琴さん」
ホッと息を吐いた真琴の姿があった。
「今日一日で散々混乱させられました。結論を言います。島原管理官と降魔さんが揃って消えてしまいました。携帯に電話すると、管理官にかかるはずが出たのは十常寺さんでした。皇室護衛官の。もちろんご存知ないと思います」
「もう雪次君は管理官じゃないんだけど。彼と連絡が取れないの?勘解由小路さんも」
「そうです。それでいて誰一人としてそれを問題視していません。トキさんも、鳴神さんも、誰一人として降魔さんを覚えていないのです。そして気づきました。私は諫早真琴になっていたのです。降魔さんの妻ではなくなっていたのです。トキさんに至っては私自身を知らないようでした。志保さんが初めてです。降魔さんを覚えていてくださった方は。その足で事件が起きたという館の情報を調べると、驚くべきことが解りました。射殺された男性を誰一人として覚えていないという事件でした。被害者は会社経営者でしたが会社すら存在していないというのです。大規模な改変が世界に対して行われたとみるべきです」
世界の改変?スケールの大きさに島原志保は言葉を失った。
「そこで考えられるは銃撃されたのが島原さんである場合、もしくは降魔さんである場合、起きる現象は同じであるということです。古くから友誼のある人物が消滅し、過去が改変された場合、やはりどちらも消滅してしまうということです。しかし、それならば館に遺体が有るはずなんです。遺体すら消えてしまい、しかも私達は揃って配偶者に関する記憶がある。これは降魔さんが何かした可能性が大です。それを追い、降魔さんを助けださねばなりません。ここまでは宜しいでしょうか?」
「宜しくないとは言えないわね。妊娠4ヶ月でシンママにはなりたくないわ。真琴さん、お子さん達は?」
「どうやら全員健在のようですが、生憎全員がトキさんの養子になっているようです。話にならないのでリムジンを強奪してきました。運転しているのは三鷹さんです。面を剥がしてしまったので今は悪魔のアミさんです」
「アミと申します。島原様の奥様ですね。そう、島原様の」
妙にへばりつくような言葉だった。志保は何となく納得した。
「ええ。島原志保です。島原雪次の妻で彼の子を妊娠しています。真琴さん、真帆は?」
それが。真琴は言葉を濁した。
「島原さんにご自宅に電話したところ、島原さんのお母さんが出ました。どうやら娘さんの過去はもう」
「そう。改変されているのね。でも、お義母さんと暮らしているのね。そこだけは良かった。本当に」
「アミさん。この後どうしましょう?どうすれば降魔さんを助けられますか?」
「我等が盟主は恐るべき方です。本来全て消失し、改変されるべき事柄を、ギリギリの一点において回避されました。奥様達の存在です。最愛の奥様達をお守りあそばされ、更には後事を託されたのでしょう。それは敵の術に綻びがあったことの証明です。それは恐らく敵の目論む不条理でございます。正しい時の流れをいたずらに乱す行為、そこに盟主はつけ込まれたのでございましょう。盟主は生存しておられます」
良かった。志保は息を吐いた。降って湧いたよく解らない状況の中で、勘解由小路が無事であるその一点のみにおいて吉事に違いなかった。
アミは更に言葉を継いだ。志保は三鷹さんを知っていた。面をつけていた頃の。
先日おすそ分けされた大量の高級食材は、夫の口には合わなかったようだ。
彼は言った。迂闊に口にしてこれが常態になったら困るな。懐かしい感覚だな。大学時代はこれが日常だったな。
真帆は素直にお肉!お肉と喜んでいた。
その娘は、今はいないという。いや存在はしている。全く違う時の流れを生きた、別人として生きているという。
志保は胸が痛んだ。自分の娘が他人になってしまったのは、容易に受け入れ難かった。
今まであえて志保は怪奇から距離を置いていた。自身が無力である以上、矢面に立たず夫を支え続けてきたのだ。結果、待望の第二子を妊娠し、夫は消えてしまったのだ。
対面に座る真琴を見つめた。
彼女も、突如愛する男も子供も失ってしまった。
改変されなかったのはかえって不幸かもしれない。改変された時の流れの中で、一切関係なく日常を送っていても良かったのに。
勘解由小路に見出されたのは、あえて茨の道に誘われたのではないか。
真琴の目に迷いはない。何があっても勘解由小路を救い出す気だろう。
何があっても。誰を殺してでも。
それは、私も同じ。
だって、私も雪次君を愛しているもの。
何があっても助けてみせる。
アミが口を開いた。黑子装束ではない、鬱陶しいほどの色香を漂わせる黒いタイトなドレスを纏っていた。
雪次君には通用しないのに。そもそも色の選択がおかしい。雪次君の好みは、露出の少ない明るい色だ。
「かかる事態において、私が知る唯一の人物のところに向かっております。こういう、世界のありようを容易に改変せしむる類の存在を撃滅させ得るのは適任ではないかと存じます」
「それはどういうことですか?」
「魔女の息吹を感じます奥様。この世界を自由に泳ぎ回り、容易に改変出来得る人物といえば魔女に相違あらず、こと魔女に関する事柄は、やはり魔女に頼るが宜しいかと。彼女はかつての我が主人、細様と友誼がありました。容易に滅ばず、日がな暇を持て余している様子にて。相談されるがよろしいかと」
「その人が犯人だったりしない?飛んで火に入る夏の虫じゃないの?」
ふとした疑問があった。回答は滑らかかつ即座にあった。
「心配はごもっともでこざいます。なれど、彼女は、あえて申さば容易すぎてかえって違うと存じます。この星のありようすら容易に改変が可能な彼女に、あえて失礼な物言いではありますが、只人の一人や二人消すことは容易すぎますので」
「その女性は?」
モノクルの蔓を弄びながら真琴は問うた。臨戦態勢で。
「アンティークショップ水晶堂。そこの主人でございます。彼女は、星無月子は」
リムジンは大きく角を曲がった。
目指す水晶堂は、もうすぐ近くだった。
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