水晶堂

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水晶堂

木の看板が掲げられていた。水晶堂と書かれている。 割とシックな作りのアンティークショップが目指す水晶堂だった。 当たり前のように真琴が入り口の扉を開けた。 大きなパプワンバスのいる水槽が設置され、ブーンという音を立てて、ブロワーはブクブクと気泡を孕んでいた。 鳩時計が鳴った。 「ごめんください」 真琴が言った。 細々としたものが積み上がった先に、黒い小さなものがいた。 髪の毛?人形? 真っ直ぐこちらを見据える、冷徹な瞳が見えた。 真帆と変わらない年の少女の人形があった。 椅子に座らされた人形は、まるで葬式帰りのように黒い。切り髪が長く伸び、首に下げた黑真珠のネックレス、靴まで黒い。 「いらっしゃい。どなたかしら」 志保は内心飛び上がりかけた。人形が口を開いた。 「星無月子さんですね」 彼女が?人形じゃなくて? 「そうだけれど。お客さんではないのね?」 アミが代わって言った。恭しく頭を下げた。 「終焉の魔女スターレスとお見受けいたしました。かつての盟主勘解由小路細を覚えておいででしょうか?」 あれ?アミさん。その尻尾は? 「あら可愛い黒猫ちゃん。ごめんなさい。うちじゃ貴女のような存在はそうなってしまうのよ。細さんね?覚えているわ。上海にいたわね。いつも連れている女性が違っていたわね。私もお尻触られちゃったわ。彼真面目な顔してそんなことばっかりだったわ。膝においでなさい。まあ可愛い。喉ゴロゴロしてる。美味しそうね」 どこからかジュルリという舌舐めずりが聞こえた。彼女はやっていない。口は動いていなかった。ではどこから聞こえたかというと、やはり彼女からだった。 「ハギャ?!お待ちください!この度は我が新たな盟主に危機がありまして!こちらは奥様達です!どうか!消滅の魔法を打ち破る術をご教授願いたく!」 星無は小首を傾げて、少しの間をおいて言った。 「食べては駄目?」 「お願いします志保さん。私は人形(じんけい)を保つのに手一杯です。物凄い力です。ああ、あのアンティーク家具の隙間に這い寄ってしまいそう」 真琴は悶絶しているようだった。なるほどバジリコックだったわね。 「食べないでいただけます?そもそも上海って、何年前の話?」 「さあ?3日前くらいかしら?」 「昭和3年の頃です。柳条湖事件の前のことでございました。あの、抱えられているようですが逃げ出せません!食べられてしまいそうです!どうか!猫は仕方がないとして、美味しくはございません!」 「いーや。星無は食うぞ。猫だろうが河童だろうが。人間すら食料にすぎんのだ。カニバリズムは魔女の嗜みなんだとよ。ところで、このおばさん達は?」 おばさん?イラっとした空気が流れた。 現れたのは大学生と思しき少年のような男性だった。 「始君。彼は四月一日始(わたぬきはじめ)君よ。始君、今日はどうしたの?」 「良一()は兎も角、保孝(ヤモリ)紅葉()をお前が食っちまわないか気になってな。学校サボってきた。大体お前何だ。何で子供になってんだ?」 「私の姿は全ての世界で変わるの。バイオレットのいた世界の私と、今の世界の私は違うのよ。何故なら、バイオレットがいた世界には彼女達は存在しないから。始君は変わらないのね。てっきり腕が8本足が6本あると思っていたのに」 「そりゃあ大威徳明王だろうが。それで?こいつに相談?星無、お茶を用意しよう。話は聞きますよ。星無がお役に立つか解らないが。通常の当たり前の人類が飲むお茶を差し上げます」 四月一日はそう言った。 「星無!その眼球は何だ?!そんなん煎じた茶は茶じゃねえんだよ!おまけに変な歌歌うなって言ってるだろうが!何がチャララーだ!チャルメラじゃねえ!ターレッセーバボバーはもういいっつってるだろうが!」 裏は騒がしかった。 そして、 「お待たせしました。抹茶ラテです」 どろっとした液体が出てきた。 「ちゃんとした抹茶ラテですから。ほら飲んでみまブフォオ!ぶるあああああああ!星無いいいいいいいい!何入れたあああああああ?!人の目盗んで何を?!」 「小宮山良一の胆嚢を乾燥させたもの。苦いけど元気が出る」 「兄弟子の死体活用すんなっつっとるだろうが! これは飲まないでください」 言われるまでもなかった。 「そちらの奥さんはもう大丈夫だから。変化はしないから」 「あの、では何故私は猫のままなのでしょうか?」 「黒猫は可愛(美味し)いもの」 「美味しいと言われましたか?!」 「では話してくださらない?何があったのか」 改めて真琴の現状説明があった。感情を廃したどこまでも事実に根ざした説明を聞き、志保はやはり不条理を感じずにはいられなかった。 そんなことで自分の夫がこの世から消滅したという真琴の話には、にわかには信じられなかった。 「そう。そう言う訳なのね」 抹茶ラテを平然と飲みながら星無は言った。 胆嚢入ってるのに。 「そうね。本来的にこれは私の領分ではないけれど、貴女の旦那さんは頑張っているみたいね。別れる前に子作りしたというけれど、私はよく解らないの。始君は知ってる?でも前大宮のホテルに行った時は何もしなかったわね。それは何故?」 「知るか!そんなことより他にあるだろうが!誰だ?こんな低レベルなことやった奴は?」 これだけのことが起きているのに低レベルだと言う四月一日の言葉に驚きを隠せなかった。彼から見るとそう見えるのか。 「そうね。私の世界に私の関知しない世界の萌芽あるわ。魔女と言えども弱々しい存在ね。私が望めばすぐに貴女達のご主人を出現させることも出来る。中にあんこが詰まっているけれど。何故なら、私は少しお腹が空いているから」 「そんなアンパンみたいな旦那出されても喜ばねえだろうよ。それで、どうする?」 「彼女の力の本質には、果てのない消滅欲求がある。何もかもをなくしてしまいたい思いが彼女を動かしている。そんなに終わらせて欲しいなら、私が行かなければ。私はスターレス。何もかもを終焉に導く女だから」 「俺は行かなくていいのか?出来れば星無が無茶苦茶しないように見てなきゃならんのだが」 「いいわ。ジョドーと仲良くね。ジョドー、晩御飯の用意をしておいて」 置物じゃなかったのか。鎧は恭しく頭を下げた。 「行ってらっしゃいませ。お嬢様」
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