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2.勢いって大事かも知れません。
「では話は決まりだ。部屋に案内して貰おうか」
「部屋って……」
「ティトラス国では婚約者を屋外の天幕に滞在させるのが礼儀だというのか。それならそれで構わないが。文化の違いに目くじらを立てるほど心は狭くは無いつもりだ」
「分りました。部屋を用意させますけど」
領主の館は、辺境の地にあるから頑丈な砦だ。
しかし、長年の風雪に傷みが激しく広大な館も実際に利用しているのは、エンティトナと兄のトリューニトが使っている部屋くらいだ。兄の部屋には、ジオナス王子を立ち入らせるのは絶対に避けたい。
「わたしの部屋をお使いください」
エンティトナがそう言うと、ジオナスが歩みをとめてまじまじと顔を見てきた。
「いいだろう。それでこそ我が婚約者どのだ」
手を握られ、うっと体を硬くしたエンティトナの前でジオナス王子は優雅に膝をつき、微笑みを浮かべた。
「あらためて求婚しよう。ミューゼナ領主トリュニトの妹君。エンティトナ姫を我が妻にお迎えしたい」
……この話は尾ひれがついて、あっという間にミューゼナ村に広まった。
もともと、人口が千人足らずの村だ。
領主の妹のエンティトナは村人にとって愛すべき姫君であり、親戚の娘くらいにしか思われていない。
「うっそーーっ。きゃーーっ。素敵、王子様からプロポーズだってよっ」
村長の娘で領主の館で料理人をしているブルーディが兄のマクミリアの背中をばんばん叩いた。
「ちっ。おまえ達、さっさと仕事しろよな」
マクミリアは領主の館で、執事兼庭師兼馬屋係をしている。
働き口も無い辺境の村では出来る事は何でもやらなければ生きてはいけない。マクミリアは前領主に目をかけてもらい、ティトラス王国の首都の大学で学んだ経歴を持つ。村の集会所で週末行っている学校の教師もしていた。
この学校にはエンティトナも通っていた。
ちなみに年齢制限は無く、学びたい村人は誰でも週末になると集会所に集まってくるので、夜になると大人達が酒を持ち込み宴会になるのが恒例となっている。
「一万人の軍兵が駐屯してるのに、おまえ達年頃の娘はちょっとは貞操の危機とか覚えてないのかよ」
「えーーっ。だってさあ、アゼスト国の兵士ってかっこよくない?」
「うんうん。あたしなんて、軍服が破れていたのを繕ってあげたんだもんねーー」
「ちょっと積極的じゃん。それで、どうなったのよ」
「うふふ……村はずれの森に行かないかって誘われちゃったの。眺めのいいところに行きましょうだなんて」
「やっだーー。デート?デートだよね。キスくらいした?」
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