2.勢いって大事かも知れません。

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マクミリアの顔が怒りでひきつるのを、美貌の副官は面白そうに見ている。 「アゼスト国では婚約した瞬間から同じベッドで就寝する習慣があります」 確かに、その習慣についてマクミリアは聞いたことがあった。大学時代に、同級生にアゼスト国から留学していたトミカという青年がいて彼は婚約者を連れて留学していた。「婚約者とは毎晩同じベッドで寝るんだが、指一本触れてはいけないんだ。これってどうなんだよ、もう辛すぎる」と、いつも愚痴を言っていたのだ。 トミカは鉄の意志で婚約者に手を触れること無く帰国した。その自制心から、学生達より「大賢者」と呼ばれていた……。 「そういう事になりましたので、我々も客人としてこの砦の中に招き入れていただきましょう」 ちらりとクシダの目が光った。獲物を仕留める猟師の目だ。彼の瞳は薄い金髪と同系色の色味で、にこやかに微笑んでいても感情が読み取りにくい。猛禽のような鋭敏さが相対するものに畏怖を抱かせる。 「もともと、この砦に軍隊を入れるのが目的か」 マクミリアがぐいっと前に進み出た。しかし、クシダは肩の力を抜き、まるでダンスをするような気軽さでそこに立ったままだ。 「アゼスト国はティトラス王国に宣戦布告をしている。その事をお忘れ無きように」 しんと静まりかえった厨房で、赤ん坊が泣き出した。 慌ててなだめている若い母親のそばに副官クシダは近寄っていった。 「この赤ん坊は男の子ですか」 「はい……まだ、生後半年ですが」 「父親は出稼ぎに行っているのでしょうね」 「あ、はい。村の皆と一緒にハバミシラン国の銀鉱山に出稼ぎにいっていて……次に戻るのは春になってからです」 「この子の父親も、妻子に再会したいと思っているでしょう。我々もできれば非道なことはしたくはないのでね」 そう言うと、泣き続けている赤ん坊の頭を軽く撫でた。 びくっと赤ん坊が見知らぬ男に警戒心むき出しの顔を向け、さらに激しく泣き出した。 「この村の人間は、エアラ山脈の厳しい自然と向き合ってきただけあり、芯が強い。そのような土地で生まれ育ったエンティトナ姫が我がジオナス王子と婚姻してくださるとは。目出度いかぎりです」 それでは、後はよろしく。そう言い置いて、クシダは厨房を出て行った。
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