全4/30エピソード・完結
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 王制の国、キャラパス。  国土の大きさは日本の北海道ほどしかない。  中国のチベット自治区とネパールに国境を接し、霊峰キャラニジャール(八八〇三メートル)の山にある。  山にある。  というのは、ヒマラヤ山脈の最高峰であるキャラニジャールという山は特殊な形をしているのだ。  火山が火口に擁する湖を「カルデラ」と呼ぶように、キャラニジャールという霊峰は頂上の巨大なくぼ地に「王国キャラパス」をかかえているのだ。  もしキャラパス王国へ入国するつもりなら、まずキャラニジャールの八〇〇〇メートル級の切り立った山頂に登りつめなければならない。それから万年雪をかぶった白い山頂から用心深く、向こう側の標高およそ四千メートルの盆地へおりるのだ。この盆地自体が王国なのだから。  なんてね。  実際は楽にキャラパス王国に入る道が、ただ一つある。  東にあるチベット側の尾根伝いに開かれた、古来からの隊商ルート。  もともとキャラニジャールのチベット側山稜に、巨大な洞穴がうがたれてあったらしい。隊商たちはその長いトンネルを通ってキャラパス王国と交易してきたわけだ。  もっとも、王国ではその場所に巨大な扉をつけて、関所にしている。  関所を「ル二ト」と呼び、入国管理は現代でも厳しく行われるのだ。  ルニトの扉が開くのは朝の九時から夕方の五時まで。隊商たちはそのあいだに行き来し、検問をうけることになっていた。  しかし、ルニトの関まで行き着くには、途中にいくつも難所がある。冬はひっきりなしにブリザードが吹き荒れて、完全に閉ざされる。夏は日差しが激しく照りつけて、慣れた隊商からも死人が出る。  現地の人たちは古来から「ルニトの関を目指す」という言葉が「命を粗末にする」という意味に使われてきたという。  一九五〇年代、中国はチベットを侵略した際、キャラパスにも兵を出すことを検討した。国土を拡大させようという野心もあったし、共産思想から、封建的な統治国家が近隣にあることは好ましくないと判断したからだ。  当然、ルニトの扉は開かなかった。  中国の人民解放軍は別ルートからの攻略もためしたが、ことごとく失敗した。  霊峰キャラニジャールはキャラパス王国をかかえて、要塞と化したのだ。  霊峰の山頂がぐるりと取り囲むがゆえに、王国は今世紀において中世さながらの鎖国政策が可能だった。  なにしろキャラパス王国は同じ標高の国ネパールなどのように、穀物を他国にたよる必要がなかった。  国内では雪解け水と地熱を利用して発電施設があり、放牧地があり、穀物を育てることができる。自給自足が可能なのだ。  キャラパス王国は当然、国連にも加盟してはいない。  国交を結んでいるのは中国、インド、ネパールといったごくわずかな周辺諸国だけだった。  もし霊峰キャラニジャールに登攀を希望するなら、まずインドか中国を窓口にして王国からの「入山(入国)許可」を待たなければならない。  つい十年ほど前に霊峰キャラニジャールのネパール側南西壁はフランス隊によって登山ルートが調査され開拓されたが、二名の死者を出している。  こうした登山での事故に、キャラパス王国側は冷淡だった。  捜索隊や救助隊が入るのを拒否したのだ。  キャラパスの王、ジャーランが言った言葉として 「もともと霊峰であるキャラニジャールを征服しようなどと、愚かなことである」  と報道された。  それでもキャラパスには、実に多くの民族が住んでいる。  チベット族、シェルパ族、グルン族といったモンゴリアンの顔もあれば、北インドから入ってきたであろう彫りの深い顔もあった。  中国が唐の時代、皇帝の娘をキャラパス王家へ嫁がせた歴史がある。唐だけではない。チベットやネパール、ウイグルの貴族からも、キャラパス王家はさかんに姫をめとり、血と文化の交流を深めたというわけだ。  いまでは国民はネパール語を話すが、学校教育では英語が学習されているせいで、ほとんどの若者は英語が使える。  最近ではごくまれに観光客を受け入れる。  もちろん観光客として王国側が認めた人間のみだ。入国許可と観光申請を手当たりしだいに発行して、もし観光客が王制をゆるがすような思想を国民に蔓延させたら危険だと考えているのだろう。  そして驚くべきことに、国内ではインターネットもない。  ネットが存在しないために、中世以来の鎖国政策ができるとも言える。  その一方で、キャラパス王国の仏教とヒンドゥ教が複合した豪華な仏像や仏具は、芸術的な価値が高い。各国の研究者やコレクターの、垂涎の的だ。  たとえば黒檀で彫り上げた仏像とは別に、その仏像が持つべき法具や髪飾りを別の材料と工程で作り上げるのだ。そのため、仕上がった仏像の耳飾りや髪飾りなどは、実際に人が身につけることができる精密さと繊細さを持ち合わせていた。  キャラパス様式と呼ばれる仏教工芸品である。  独自の進化をとげ、完成されたキャラパスの文化財は宗教美術界にとって重要な研究対象なのだ。  純度の高い金や銀、翡翠、トルコ石をあしらった仏具を身につけた仏像は、王家によって管理され、国外に持ち出すことはできなかった。  ネパールやインドの市場で「キャラパス工芸品」とタグをつけた粗悪な模造品は売られるが、当然ながら本物の足もとにもおよばない。  本物を一目見ようと思ったら、霊峰を越えて鎖国のキャラパスに決死の覚悟で密入国するか、入国許可を三年以上待たねばならないのだ。  その閉鎖性と神秘性ゆえに、ここ数年、キャラパス王国のブームが静かに加熱している。その王国の歴史や文化に、熱狂的な支持者が世界中にあふれようとしていた。  ま、ごたくはこれくらいにしておこう。
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