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人生の物差し
僕の父さんは東大出のエリート銀行員だ。
僕は父さんの背中を追いかけ大人になった。
父さんは僕の憧れだった。
父さんみたいな人になりたかった。
しかし、その父さんは僕の中の父さんであり、実際の父さんはどういう人であったのか僕には分からない。
何故なら僕が父さんと過ごした時間は無いに等しかった。
新聞を読みながら朝食を食べる父さんの向かい側に座り、キッチンに立つ母さんと話す僕。
ゴルフの素振りをする父さんを横目に、同じ庭で洗濯物を干す母さんと話す僕。
どの父さんも、僕に何かを話しかけることもなければこちらを見ることもなかったが、きっと耳はこちらに傾けていて、僕のことを分かり、心の中で認めてくれていると信じていた。
何故なら僕の人生は父さんの人生を追っていたからだ。
同じ高校に入り、同じ大学を目指した。
そして同じ大学の同じ学部を出て、同じ銀行に入った。
最後の選択が僕の人生の最大の誤ちだった。
父さんは僕の理想の人では無かった。
父さんの銀行での評価は悪かった。
幸い、僕は父さんとは苗字が違う。
僕の大学入学と同時に、一人別の方向を向いて生きている父さんに嫌気がさしたと、僕を連れ家を出た母さんが僕の苗字を別の新しいものに変えたからだ。
僕は同じ銀行に父さんがいるという事実を言わなかった。
また、父さんにも僕が同じ銀行に入るということは言っていない。
初めて父さんとすれ違った時、父さんは僕に気づかなかった。
父さんは、僕も、母さんも、何も見えていなかった。
何も。
父さんの心はもうだいぶ前に壊れていたのだ。
そのことを知った時、僕の物差しが砕けた。
僕は今まで何を目指してきたのか、これから何を目指して生きていけば良いのか分からなくなってしまった。
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