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沙綾が無言で僕を見た。そして再びメモを取り始める。またやってしまった。僕が後悔していると、沙綾が口を開く。
「写真を撮るのに必要なの。虹って好きな時に好きな場所に出てくれるわけじゃないから、こうやって観測条件をメモしておいて、現れそうな天気の日に出かけて待ち構えなきゃいけないの」
僕は素直に感心した。沙綾はやっぱり努力家なのだ。
「この環水平アークってやつが現れた時、カメラ持ってたのに一枚も写真撮れなくて、それが悔しくて」
今日初めて沙綾は僕と目を合わせる。沙綾は続けた。
「写真って、撮りたいと思った時にはもう撮りたい画がなくなってしまうことが多いから。私は待ってみることにした」
沙綾の目には情熱と野心が宿っていた。僕はその瞬間はっと気づいた。そうだ。「写真」だ。写真家がシャッターを切る「一瞬」も、時間を止めてしまえば「永遠」になる。様々な角度からより良い瞬間を吟味することができる。それにマジックやスポーツなんかと違って、写真は作品として形が残る。能力を失っても、良い作品を残せれば僕の一枚は永遠に評価されることになる。誰かを不幸にすることもない。
「そっか、頑張れ」
沙綾の情熱に感心しつつ、僕が素っ気ない返事をすると
「……兄貴も頑張ってよ」
と沙綾が小さく呟く。僕は聞こえなかったふりをすると、食事が終わるまで沈黙がおりた。
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