リュックサック

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リュックサック

みんな知ってるように、俺は警察官っていう職についてる。 新人の下っ派だからっていう理由じゃないけど、地元の交番勤務。だからさ、意外といろんな人との出会いがあったりするんだ。 どんな出会いかって言うと、迷子に酔っぱらい、認知症の老人に迷子の大人、逃げたのか犬、事故った若者、暴走し過ぎた暴走族。たまに血を見る事件沙汰になるようなことを起こした狂人もいた。 迷惑なことを押し付けられるのが「警察」っていう仕事だっていうのはわかってたよ。わかってて俺はそこを目指した。 将来の夢は警察官。 昔っから俺、そう言ってたよな。 迷子になって泣いてた俺を助けてくれたのが今の先輩の父親。あんな大人になりたいって憧れたよ。 憧れたんだ。 現実にはさ、その人は事件を起こして捕まった。「赤いクレヨン事件」って知ってる? 知らないならそれでいいよ。 簡単に言えば、ヤバい成分が入ったクレヨンを一部の子どもにあげてたんだ、その人。クレヨンを使った子どもは精神が狂ってく。大人になって事件を起こす。 そのクレヨンが共通して「赤い」から、俺たちの間で「赤いクレヨン事件」って呼ばれてるんだ。 クレヨンを配ってた犯人はその人だけじゃなかった。でもさ、憧れたその人が犯人の一人だって知ったときは、うん、それなりにショックだった。 だけど憧れたんだ。迷子の俺を助けてくれたあの人。今でも思い出せるよ。 その人の息子はあの人によく似てた。俺の先輩で、すごく世話焼きな先輩。俺と俺の同期のあいつに厳しく指導してくれた、尊敬する先輩。 尊敬してた先輩。 同期のあいつに睡眠薬を大量に飲まされて。 俺の同期のあいつ、赤いクレヨンを使ってたんだ。だから、おかしくなってた。それに気づけなかった。 もう終わったことなんだ。あの事件も。 ほら、暗くなるなって! メインの話はこれじゃないんだ。 俺が警察官になって出会った人たちの中で特に多かったのが学生。小学生だったり中学生だったり、その辺の幅は広かった。でもみんな共通してたことがあった。 ふらふら未成年が出歩いていい時間じゃないのに歩いてる。どこかの店に入ってる。 そういうやつらはみんな声を揃えて言うんだ。 「家に帰りたくない」 理由を聞くとこう言う。 「親に叱られる」 成績が落ちたんだと。テストの点数が落ちたんだと。試験に落ちたんだと。 だから、親に叱られる。 本当だったら自分の為の勉強なんだよ。でも最近じゃ特にそういう傾向があるらしいんだ。 親に怒られない対策として勉強する。最低レベルさえキープすれば親は自分を叱らない。 そういう話をする子どもの親って、大抵は子どもに興味がないやつらなんだ。自分の、自分達の子なのにな。中には片親のやつもいる。一人の親と一人の子のはずなのに、家の中にいても独り暮らし。 興味がない、もしくは邪魔、もっと悪いといない方がいい。そんな家庭環境の子どもが増えてるんだ。 親は些細なことで怒り出す。こわい。うるさい。思うことはそれぞれ違うんだろうけど、結局みんな同じ方向を向く。それが「帰りたくない」。 家の玄関の扉を開いて、そのまま出ていったっきり。そんな子どもたちの頭には「帰ってくる」っていう選択肢が存在してないんじゃないかな。 俺はそんな子どもたちと何度も出会った。大抵は夜。一見何にも持っていないような格好をしてる場合が多い。身軽な格好だ。 中には学校の制服を着ている子どももいた。カバンはどこにも見当たらないんだけどな。もちろん私服のやつもいた。でもそいつらもカバンは持っていない。 身一つ、身軽で散歩に出掛けたんじゃないか。そうも見えるかもしれない。 でも、俺にはどうしてもそうは見えないんだ。 ずうん、って音がしそうなくらい重い荷物を抱えてる。何かの罰ゲームみたいに重すぎる荷物を抱えさせられてる。本人は望んでいない。本人は嫌で嫌で捨てたくなるようなものだろうけど、背負わせた誰かが荷を降ろすことを許さない。 どうすれば体が軽くなるのか。心を軽くすることができるのか。それがわからなくてどうしようもなくなった。 彼らはそんな顔をしている。 俺と目があった瞬間、そいつらは怯えた表情をするんだ。ヤバい、見つかった。悪いことをしている自覚があるんだろうな。 だから俺はそいつらに飲み物を奢るんだ。ココア、コンポタ、コーヒー、紅茶、抹茶オレ、おしるこ、何でも好きなのを一本奢ってやる。酒はダメだけどな。 それで買った飲み物を飲みながら話をするんだ。飲み物一本分の時間。 飲み終わってゴミ箱に捨てる時に、俺はそいつに尋ねる。 「一緒に荷物を取りに行こうか?」 夜、身軽な格好でうろうろしている子どもは、大抵荷物をどこかに置いている。というか、落としてきたって言うのかな。それは、その子どもが背負いたくないものだ。 それをもう一度背負わせるのかっていうとそうじゃない。落とし物は取りに行くべきなんだ。じゃないと誰も取りに行かない。中身が何であっても、落とした本人が「落としました」って言って出ないとずっと放置されたまま。 落としたことを受け入れることが大切だと俺は思うんだ。自分はそれを持っていた。その事実を受け入れなきゃいけない。 自分は、何を落としたのか。 知らなきゃいけない。 もう一度落とすにしても、その落とし物の中身を知らなきゃいけないんだ。 辛かったら一緒に行く。重かったら手を貸す。 落としてきたものを、俺はそいつに思い出させるんだ。思い出してもらいたいんだ。
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