リュックサック

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そいつは他のやつらと同じように帰りたくない、帰れないって言ってたんだ。細かいことは覚えてない。 というか、顔も声も、聞いたはずの名前も、性別だって覚えてない。でも確かに飲み物を奢って、話を聞いたんだ。 そいつは何も持っていなかった。 どこかの制服を着ていたかもしれない。でも上着はなしだ。白いシャツ。黒いズボン。それと、黒い革靴。 どこにでもいるようなやつだった。そう思う。 飲み終わって、最後に俺はそいつに聞いた。 「おまえの持ってたはずの荷物はどこにある?」 そいつはわらって指差した。 「あのコンビニに置いてきたよ」 一瞬そっちに顔を向けて、またそいつの方に向き返ったらもういなかった。 次に見たのが落ちて来た時だった。 他のやつらと同じように俺の目の前に落ちて来た。目が合った。 俺は気を失ったよ。だって、そいつが初めて俺の所に落ちて来たやつだったから。 自殺した瞬間なんて見るもんじゃない。 飛び込み自殺もそうだけど、目に焼き付いてずっと離れないんだよ。そいつの最期の顔。 それに死体だって。人の形をしていない、ついさっきまで自分と同じように生きて動いていた肉の塊。 見るべきものじゃ、ない。見ちゃいけないものだ。 初めて見ちまった俺はショック過ぎて倒れた。 次に目を覚ました時には何もない。他の人に聞いてもそんなことはなかったと。誰も自殺なんてしてなかったんだ。 本当にそうかと思って、そいつが指差した先のコンビニに俺は行った。そしたら、パンパンに膨らんだリュックが置いてあった。 店長に聞いたら忘れ物だと。 いつから置いてあるか聞いたら、なんと俺が倒れた日から。 やけに膨らんだリュックサック。水筒にどこかの学校の上着。一セット、そのままそいつはコンビニに置いていったんだ。 学生証とかで身元はわからないのか。連絡先は? 全くわからない。 なんでって、そのリュックサックの中を誰も確認しなかった。できなかったんだ。 リュックが膨らんでたのは中身が詰まってたから。そりゃそうだよな。でももうひとつ、理由があった。 中身が膨張してた、膨らんでたんだよ。中身はナマモノ。 普通リュックは開くだろ? 紐をほどいたりして。そのやり方じゃダメだったんだ。 お優しいやり方じゃ出てこない中身。俺はナイフでリュックの布を破った。 中身は 俺が話してたはずのあいつだった。 名前も住所も知らない。顔も思い出せない。でも、一緒にベンチに座って話してたはずの子ども。 それがリュックから出てきた。もちろん、死体は腐ってた。 俺が話してたあれは誰だったんだろう。 いや、何だったんだろう。 あいつがリュックに詰めて置いてきたものはあいつ自身だった。あいつの全部、まるごと。 俺はただ、自分で取りに行ってもらいたかったんだ。忘れて落としたものをさ。でもあいつは自分では行かなかった。行けなかった。 あいつが落としてきたものは「自分」なんだから。 じゃあ、俺の目の前に落ちて来たものは何だったのか。幽霊? 残った意思? 俺を憎んだ目で睨みながら落ちて来たあいつ。もう既に死んでたはずなのに、何でよりによって俺の目の前に落ちて来るのか。 忘れるなってことだろうな。 俺は誰も助けられない。どんなに優しい顔をして話を聞いても、それは根本的な解決にはならない。 近くにいたはずの先輩も、同僚も、俺は誰一人助けられなかった。気づいたのはもう手遅れになってから。 そいつも手遅れだったんだ。俺が見つけた時にはもう。なのに偽善者ぶって救おうとするな。そいつはそう言いたいのかな。 こんな身勝手なこと、もうやめろって言いたいのかな。 そいつを最初にして、何度も子どもが投身自殺をするようになった。増えたのかはわからない。元々起こってたことに気づいてなかっただけかもしれない。 ただ、投身自殺をする子どもは決まってコンビニにリュックやらの荷物を落として置いていくらしい。 自分を、置いていくらしい。 最初のあいつと同じように。 全部置いて、落として、なぜか俺の目の前に落ちて来る。 ああ、そうだよ。わかってるよ。 自殺するやつの顔がどんなだか、俺にはわかる。でもどうしようもないんだ! もうどうしようもない、手遅れな顔をそいつらはしているんだよ! 希望の欠片もなくて、頼れる大人も友人もいなくて、夢は眠っている時にだけ見る。生きていたくない。生きていけない。辛い。苦しい。 本人にさえもう手遅れだって解ってしまうくらい、もう終わりなんだ。 成績やテストの点数が落ちてきたってだけで飛び降りる。そんなやつらを、俺なんかがどうやって助ければいい?! どんなに話を聞いたって無駄なことくらいわかってるよ。 オマエラがそんな目で見なくてもわかってるんだよ! でも仕方ないじゃないか。 助けたいんだ。ちょっとでも可能性があるなら、助けたいんだよ。 だからオマエラの飛び降りる建物の真下に俺は立っていたんだ。俺の上に落ちてこいって。もしかしたら俺だけ死んで、オマエラが生き延びるかもしれないだろ? お前らを、助けたかったんだよ、俺は。 これで俺の話は終わりだ。 最期に話を聞いてくれてありがとな、みんな。
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