3 銀色の髪を持つ王子

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「へぇ……そうなんですね」  ミサキの世界で例えるならば、超能力をもった女医のような存在なのだろうか。 「でも、どうやってお腹の子の父親なんて調べることが……」 「私にもよくわからないのですが……巫女には、例えそれが胎の中だとしても父親の魔力を感じ取ることが出来るそうなのです」 「魔力を?」 「ええ、どんな微細な物でも簡単に」 「へえ……」  色々質問したいことがあるが、頭がパンクしそうだ。今は空腹を訴え始める胃のために、食事を取ることを優先したい。  ミサキに与えられた部屋にあるダイニングテーブルに、見たことのない鮮やかな色のスープや変わった形のパンのようなものが並んでいる。昨日も恐る恐る口を付けたが、どれも見た目とは異なりとてもおいしかった。  シャルロッテは食事を取るミサキのそばで、お茶の準備を始めている。 「そう言えば、温室……とっても綺麗でした。教えてくれてありがとうございます」  ふと思い出したように、ミサキはシャルロッテに頭を下げた。 「いいえ、気になさらないでください。無事に辿りつけて良かったですわ」 「この世界の文字が読めないので、ちょっと迷ってしまったんですが……無事に」 「あっ!」 「……え?」  何かまずい事でも言ってしまっただろうか、ミサキは少し慌てふためいていた。そんなミサキを見ながら、シャルロッテは気まずそうに笑みを浮かべる。 「それもそうですね……すっかり忘れていました」 「不思議と、普通にお話しできてますもんね」  ミサキに身についた『異世界トリップ特典』と言えば、この世界の住人達と普通に会話できることだけだ。 「でも……少しでも文字が読めるようになった方が便利かもしれませんね」 「そ、そうですか?」  そんなに長くこの世界に滞在するつもりはミサキにはない。日常生活を送るだけならば、こうやって会話ができるだけで十分だった。しかし、シャルロッテの考え方は異なるようである。 「いつ『声が出せなくなる呪い』とか『耳が聞こえなくなる呪い』をかけられてもおかしくはありませんし……」 「そんな最悪な事態、あります?」 「ええ、何事も備えておくことが肝心ですから。ミサキ様、これからは私と一緒に文字のお稽古をしましょう」 ***  ミサキはシャルロッテに連れられて、城の中にある図書室に来ていた。こじんまりとしているが、高い天井までびっしりと本が並んでいる。文字が読めるなら、本好きとしてはこの上ない空間だっただろう。そう、文字が読めるならば……。  ミサキは使い慣れない羽ペンを持ちながら、本に並んでいる文字を書き写していた。この世界の子どもが文字を覚えるための簡単なテキストらしいが、馴染みのない形にミサキはそれでも悪戦苦闘することになる。その言葉の意味が何であるのかを覚えるのも大事だが……まずは複雑な文字の書き順を覚えるのが最優先事項となりそうだった。  しかも、肝心のシャルロッテは女官同士の緊急な打ち合わせが入ったという理由で、この場にはいない。教えてくれる人がいない中、ミサキは文字の書き取りを続けていた。 「えっと……これ、どうなってるんだろう」  書き取りは一向に進まず、テキストとのにらめっこが続く。投げ出したい気持ちを消し去るために大きく伸びをしていると、ギーッと図書室の扉が開く音が聞こえた。コツコツと足音が徐々にミサキに近づいてくる……誰とも知らぬその音におびえ、ぎゅっと目を閉じると……その声はミサキの名を呼んだ。 「どうしたんですか、こんなところで」  ろうそくの灯りを反射する鮮やかな銀色の髪……ミサキに近づいていたのは、この国のもう一人の王子……ミハイルだった。 「え、あ、あの……文字の練習を、シャルロッテさんとしてまして。今シャルロッテさんがいないので、私一人でやっているんですけど」 「文字の練習?」 「は、はい。お話はできるけど、文字が読めないので……」  慣れない相手……しかもそれが異性となると、ミサキは途端に委縮する。アレクセイには少し慣れ始めたところだが、ミハイルと二人きりになるのはこれが初めてだった。尚更、緊張してしまう。 「そうでしたか……確かに、文字が読めないと困る事もありますからね」 「はい……」  ミハイルは、アレクセイとは異なる、物腰穏やかな柔和な笑顔をミサキに向ける。ミサキがぎこちなく微笑むと、ミハイルは「ふむ」と何かを考え始めた。 「ミサキ、こちらに」 「え? わっ!」  ミハイルはミサキの腕を掴み、自らの近くに引き寄せた。思わぬタイミングで二人の距離が近くなり、ミサキの体が一気に緊張でかたくなっていく。 「目を閉じてください」 「え?」 「いいから」  ミサキはミハイルの言ったとおり、目を閉じた。ミハイルの手がミサキの頭に触れ……彼は今まで聞いたことのない言葉を紡ぎ始める。体はほわっと暖かくなり、小さな頭痛を感じる。 「どうぞ、目を開けて」 「は、はい……」  強く目を閉じていたわけではないのに、目の前がチカチカとする。ミサキが目を擦っていると、ミハイルはミサキが書き写していたテキストを彼女に渡した。 「……あっ!」 「どうですか? 読めますか?」  ミサキは何度も頷いてみせた。  テキストに並んでいた意味の分からない形の羅列が……するすると頭の中に入ってきて、しかも理解することができる。 「すごい……」  ミサキが感嘆していると、ミハイルは「ふふ」と笑い声をあげた。 「一応……この国で一番の魔術師ですからね、私は。これくらいは造作ありませんよ」 「ありがとうございます! なんか、お手を煩わせてしまって」 「いいえ、これくらいの事でしたらいつでも」 「これでここにある本も読めるんですか?」
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