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7 魔王城の波乱。そして……
「んん……」
深い眠りについていたミサキは、ドアの向こうが騒がしくなっていることに気づいて目を覚ました。ミサキを抱きかかえるように眠っているアレクセイも、もぞもぞと動き始める。騒がしい声の中には、アレクセイを呼ぶような声も聞こえてくる。
「何だ、こんな遅くに……」
アレクセイはむくりと起き上がり、枕もとのろうそくに火をつける。脱ぎ捨てて散らかった服を拾い上げると、眠たそうにゆっくりと着こみ始めた。今晩の相手は、アレクセイだった。そろそろ眠りにつこうと思った時に、異父弟であるドラゴンの背中に乗り窓からやってくる。城の中を歩いてミサキの部屋に向かうと目立つから嫌なんだど話す彼だが、ミサキはその方が目立つのではないかと思っていた。
アレクセイに続くように、ミサキも起き上がろうとした。彼に激しく抱かれたばかりで、体にはまだだるさが残っている。しかし、そんなミサキをアレクセイが止める。体を起こすミサキの肩を軽く押し、もう一度ベッドの中に戻した。
「お前はいい、寝てろ」
そう言って、アレクセイは優しそうに微笑みミサキの頬を撫でる。ミサキは小さく頷くのを見たアレクセイは、笑みを深めた。
「……それに、こんな夜更けの呼び出しだ。碌な事じゃない」
「大丈夫?」
「ああ、心配するな。……でも、何が起こっているか分かるまで、お前は絶対部屋から出るなよ」
「え?」
「事態によっては、お前も危ないかもしれない」
ミサキが「どういうこと?」と聞き返そうと体を起こしても、着替えが終わったアレクセイはさっさとミサキの寝室から出て行ってしまっていた。ミサキはもう一度、ベッドの中に沈み込む。体はぐったりと疲れていて重たいのに、眠気が跡形もなく消えてしまった。ミサキは天井を見つめながら、アレクセイの言葉の意味を考える。
「危ないって、どういう事……?」
そのことばかり気にかかって、ミサキはあまり眠ることが出来ないまま……朝を迎えた。小さなノックと、シャルロッテの声。ミサキは起き上がって「どうぞ」とドアに向かって声をかけると、シャルロッテは目を丸くさせていた。
「ど、どうしてそんなに驚くの?」
「いいえ、ミサキ様ってばいつも疲れ果てて眠ってらっしゃるから……」
「そういえば、そうだね」
シャルロッテに起こされず朝を迎えるのは、初めてかもしれない。シャルロッテは持っていた包みを開き、中に入っているドレスをミサキに渡そうとする。
「昨晩は、誰もいらっしゃらなかったんですか?」
「ううん、アレクセイが来ていたけど……」
そのミサキの言葉に、シャルロッテはびくりと手を震わせた。
「シャルロッテさん?」
ミサキが驚いて顔を上げると、シャルロッテはぎこちなく笑みを浮かべた。その表情や先ほどの動揺を見て、ミサキの胸になにか引っかかるものが残る。しかし、それを聞くよりも先にシャルロッテは朝食の用意を始めていた。
「あの、そう言えば……昨日の晩、何かあったんですか?」
ミサキは、それとなく話題を反らすことにした。きっと、シャルロッテにもミサキの様に聞かれたくないことがあるのだろう。
しかし、そのミサキの問いかけにもシャルロッテは表情を濁らせた。
「それが、私にもよく分からないんです」
「そうなの?」
「ええ。私のような末端の召使いには、なかなか情報も降りて来なくて……何かが起きている事には間違いないのですが」
「そっか……」
「おそらく、高官までで話がストップしているのだろ思います。でも、いずれ、ミハイル様やアレクセイ様が説明してくださると思いますよ」
話をしている内に、シャルロッテの表情にもいつものような笑みが戻る。ミサキはほっと息を吐いて、着ていた寝間着を脱ごうとした。
「あの、ミサキ様?」
「え?」
「大したことではないのですが、アレクセイ様は今夜もいらっしゃるのですか?」
「ううん、聞いてないけど……あの人、突然来るから。何かアレクセイに用事?」
「あの、ミサキ様。私がこのような事を申し上げるのは、大変差し出がましいのですが……」
シャルロッテはミサキに近づき、耳元に口を寄せ……声を潜めた。
「あまり、特定の王子を贔屓するのはよろしくはないかと」
「贔屓?! 私は、そういうつもりではなくて……」
「ええ、分かっております。ミサキ様はミハイル様とアレクセイ様のどちらとも平等に接していて、依怙贔屓するような方ではないということを、シャルロッテは重々承知しております。ですが……」
シャルロッテは、ミサキの手をぎゅっと握った。大きな瞳に、ミサキの少し不安げな表情がうつりこむ。
「ミサキ様をよく知らない者が、ミサキ様がどちらかの王子に靡いていると感じれば……『贔屓されていない』王子の派閥が黙っておりません」
「そっか……そうなるよね」
「ええ、ですからミサキ様……今日は、ミハイル様の元にお渡りなさったらいかがでしょう?」
シャルロッテはにっこり笑みを作る。丁寧な言葉で言っているが、要はミサキに『今晩はアレクセイではなく、ミハイルに抱かれに行ってこい』ということだ。そんな言葉にも慣れないミサキは、思わず頬を赤くさせた。
「でも、そんな事したら目立つんじゃ……」
「目立つためにするんですよ。ミサキ様が、二人の王子に平等に接しているということが露見されたら、余計なことをいう者もいなくなります」
「うーん……」
ミサキの胸に、昨晩アレクセイの言葉がよぎる。何が起きたのかわかるまで部屋からですな……場合によっては、ミサキも危ない。アレクセイが、冗談でそんなことを言うはずはないとミサキは信じていた。だからこそ、ミサキは『今日はやめておこうかな』とシャルロッテに言おうとすると……それよりも先にシャルロッテはミサキの手を強く握った、まるでミサキに有無を言わせないように。押しに弱いミサキは、ぎこちない笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。
(夜のお城、怖いなぁ……)
ミサキはマントを深くかぶり、ミハイルの自室に向かっていた。ミハイルの動向を探っていたシャルロッテによると、ミハイルは執務を終え、もう部屋に戻って休んでいるらしい。だから、入れ違いになることなくミハイルと会うこともできる。
ミサキの部屋からミハイルの部屋まで、少し距離がある。近道でも使っていこうと、ミサキが中庭を斜めに突っ切っていこうとしたとき……真上から咆哮が聞こえてきた。
「え?」
大きな風と、翼がはためく音。髪を押さえながら、ミサキは上を見上げた。厚く広がった雲の下に……何頭ものドラゴンが慌てふためいたように飛び回り、時折炎を吐き出している。その真ん中には、見覚えのあるドラゴンがいた。アレクセイの異父弟だ。
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