2 ドラゴンの瞳を持つ王子

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2 ドラゴンの瞳を持つ王子

「……はっ!」  ミサキはガバッと勢いよく起き上がった。……なんだか、とても不思議で……えっちな夢を見ていた気がしたせいだ。  見知らぬ「魔王城」になんて所に召喚され、二人もいる王子の花嫁候補に何かなり、子どもさえ出来たら元の世界に戻してやると言われ……そのままその二人に同時に抱かれ……その快楽に翻弄されるなんて、今まで読んできた少女漫画でもない展開だ。どうしてこんな夢を見たのか、さっぱり理解できずにいた。 「ミサキ様、お目覚めですか?」  しかし、残念なことにそれは夢ではなかったようだ。 「……え、あの……」 「まだ寝ぼけてらっしゃいますか? お世話係のシャルロッテですわ」 「……夢じゃなかった、の?」 「何がです?」 「その……」  口に出そうとすると、体中がボンッと沸騰したかのように熱くなっていく。それを察したのか、シャルロッテは「あらあら」と笑みを浮かべる。 「ミサキ様ってば。昨晩、そんなに気持ちよかったですか?」 「な……っ! そ、そういう事じゃ……」 「セルゲイ様からお話を聞いておりますわ……ミサキ様、口では嫌嫌言っておきながら……ミハイル様とアレクセイ様のテクニックに翻弄されあんあん気持ちよさそうに喘いで、最後はご自身でお二人をねだっていたと」 「そ、そんな事実は一つもなくって……何でセルゲイさんがそんなこと知っているんですか!」 「それはもちろん、セルゲイ様は立会人としてその場にいらっしゃったからに決まってますわ」 「え……」  ミサキはサッと青くなっていく。  確かに、セルゲイはあの時あの場にいた。しかし、それは始まるまでであって……ミハイル、アレクセイ、ミサキ、三人の情事を見聞きしていたということはないと、ミサキは思っていた。  しかし、この国ではそうもいかなかったようだ。 「ちゃんと王位継承者と、召喚された花嫁が子作りしたということを確認する役目を、セルゲイ様が担当されたのです。もう城中の皆が、昨晩のミサキ様があられもなく乱れたという話を聞いておりますわ」  ガンッと頭を打ちつけられたような大きな衝撃がミサキを襲った。がっくりと肩を落とし、悲壮にくれる。 「……もう、表出られません……」  そして、なによりも恥ずかしくて仕方がない。 「大丈夫ですわ、仲睦まじいということでいいではありませんか。どちらかと仲たがいしたというわけではなく、二人の王子平等に抱かれたのですから」 「そういう訳じゃなくって……」  ミサキは、昨晩の出来事を思い出す。振り返れば振り返る程、あの時の感触が体中に蘇るようだった。  ミハイルの舌が……アレクセイの指先が……そして二人の熱が、ミサキの体を貫き……そして淫らに揺さ振ったことを。どれだけ頭から振り放そうとしても、こびりついた感覚は抜けそうにない。 「ミサキ様、お疲れでしょう? 今朝食を用意致しますわ」 「今、朝なんですか?」 「ええ……朝、と言うには少し遅い時間ですけどね」  シャルロッテは、せかせかと朝食の準備を始める。その様子を見ながら、ミサキはベッドから立ち上がった。少し動くたびに、体の節々が痛む。これが、世に言う情事の後の痛みなのか……と変な所で感心していた。  朝と言うが、ろうそくの火が明るく感じるくらい室内は薄暗い。ミサキは閉じているカーテンに近づき、それを開けようとした。それのせいで暗いままなのではないか。 「え……」  しかし、外は室内よりも暗く……それは夜の闇と同じくらいだった。 「ねえ、今、朝って言ってましたよね」 「ええ、朝ですわ」  シャルロッテは微笑みながら、「朝食、ご用意できましたからおかけになってください」と明るくミサキに声をかけていた。 ***  どうやら、この世界は昼も夜も関係なく暗いままらしい。  一応、昼間と呼ばれるような時間帯はわずかに明るいらしいが、それでも城中歩いてもろうそくに灯りがともっており、薄暗さがより際立つ。こんな雰囲気の暗い所にいると、陰鬱な気持ちになってしまいそうだ……ミサキがそんな不安を吐露すると、シャルロッテは「それなら」と手をパチンと合わせた。 「それなら、温室はいかがですか? ミサキ様」 「温室?」 「ええ。もう何代も前の王妃様の強い希望で建てたものなのですが、そこだけは一日中明るくなるように作っているんです」 「へぇ……」 「待ってください、今地図をご用意いたしますから」 「ついてきてはもらえないんですか?」  ミサキは恐る恐る手をあげて、シャルロッテに聞いた。しかし、シャルロッテはにっこりと笑顔を作って……。 「私には他に仕事がございますので」  と言い放つだけだった。  そして今、ミサキはそのシャルロッテが描いた地図を片手に、城中を歩き回っていた。ミサキのために用意されたドレスの裾は長く、いつもジーンズで過ごしていたミサキにとって歩きづらいことこの上なかった。 ミサキは渡された地図をまじまじと見つめる。シャルロッテは絵がうまく、確かに丁寧な地図なのだが……いかんせん、ミサキはこの世界の文字が読めない。地図に描いてある通りに進んでいるのか不安になるミサキは、あちこちを右往左往する羽目になっていた。 「これは……この廊下を行けばいいのかな?」  試行錯誤しながら、ミサキは外にある、薄暗い廊下を進んでいく。角を曲がりさらに進んだところで……この鬱蒼とした城とは異なる、真っ白な綺麗な建物が目に入ってきた。円柱の形をしていて、屋根はドーム状に丸い。シャルロッテが描いている特徴と同じだった。ミサキは恐る恐るドアノブを握り、そのドアを開いていった。 「……わぁっ」  その中には薄桃色の花が無数に並んでいて……温室というよりも、もはや花畑のようだった。中心には小さな噴水と、建物と同じように真っ白な長椅子とテーブルが置いてある。きっと、ずっと昔の王妃がここでティータイムを楽しんでいたに違いない。ミサキの足からは恐怖心はすっかり消えていて、思わず駆け出していた。 「すごい……」  こんな花畑を見るのは、きっと生まれて初めてだ。あまり広くはない温室なのに……どこまでも雄大に広がっているように見える。きっと、この世界にある不思議な力の効果に違いない。ミサキは花を踏まないように、そっとその花畑の中を進んでいく。その中でクルクルと回ると、ドレスの裾がぶわっと軽やかに広がった。まるで、絵本に出てくるお姫様のようだ。いつまでも回っていられる気がする……ミサキの頬に、自然に笑顔がこぼれ始めていた。
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