3 銀色の髪を持つ王子

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3 銀色の髪を持つ王子

 目が覚めた時、またミサキはベッドの上だった。ふわふわとしたあたたかい掛布団を勢いよくめくって起き上がると、シャルロッテがにっこりとミサキに微笑みかけた。 「おはようございます、ミサキ様」 「あの、私……いつの間に部屋に」  ミサキの記憶は、温室でアレクセイに出会い……そのまま抱かれ、お互いに達したところで途切れていた。どうして部屋に戻ってきているのか、それからどれくらい時間が経ったのかミサキには把握できずにいた。 「昨日、アレクセイ様がミサキ様を抱えていらっしゃったんです」 「あ、アレクセイが?」 「ええ、そうです。あのアレクセイ様が!」  シャルロッテの目が、信じられないと言うように丸くなった。 「驚きましたわ。ミサキ様がいつまで経っても帰ってこないと思っていたら、あのアレクセイ様がミサキ様を連れ帰ってくるなんて……あんなぶっきらぼうな王子様でも、花嫁にはお優しいのですねぇ」  しみじみと語るシャルロッテの言葉を聞きながら、ミサキは頬を赤らめた。異性に情熱的に抱かれるのだって初めてなのに、そんな風に優しさまで向けられると、どう反応したらいいのか分からなくなる。 「それで、ミサキ様、お体は大丈夫ですか?」 「え?」 「二日連続で殿方に抱かれるのは、相当体に負荷がかかるのではないでしょうか? ミサキ様は処女だったわけですし……」 「……へ?」  その言葉を聞いたミサキは、ボンッと火がついたように赤くなっていく。 「ど、どどどうして私が昨日アレクセイと、ソンナことになったって知ってるんですか?!」  召喚された夜であれば、それが『儀式』だとこの世界の人たちが皆知っているのでバレているのは納得できる。しかし、昨晩の温室でのアレクセイとの情事は、温室という密室での出来事だ。そりゃ、確かにアレクセイがぐったりと眠っているミサキを抱いて寝室まで訪れたとなれば、まことしやかに噂話が流れるだろう。しかし、それが、男女の関わりとイコールで繋がってしまうのは、どうしても悔しい。 「だって、ソレ」  シャルロッテは、ミサキの首筋を指差す。その仕草に美咲がハテナマークを浮かべていると、シャルロッテは手鏡をミサキに手渡した。  手鏡に映る自分の姿を、特に首筋をまじまじと見つめる。ろうそくが灯るだけの薄暗い 部屋なので随分と見えにくいが……シャルロッテが指していたあたりに、首の真ん中あたりに赤い『何か』が見える。 「これって……」 「アレクセイ様も、そんな一面があったのですね。わざわざミサキ様に、『お印』を残すなんて」  鏡に映るのは、痣のような赤い痕跡が残っている。これが何であるのか、男女経験のなかったミサキにもすぐにわかった。 (……これって、キ、キ、キスマーク?!)  鯉のように口をパクパクさせているミサキに、シャルロッテはいやらしく口の角をあげニヤニヤと笑いながら近づいてきた。 「お熱い事ですわ。これなら、アレクセイ様がミサキ様に……先に手を付けたというのが、皆の目からも明らかですわね」 「なんてことを……」  いつこんな痕跡を彼が残したのか、ミサキには一切記憶にない。きっと、ミサキが気を失ってからこっそりつけたのだろう。何も、こんな見えやすい所につけなくてもいいじゃないかとミサキは肩を落とす。シャルロッテはそんなミサキのそばに近寄り、そっと耳打ちをする。 「でも、ミサキ様もお気を付けくださいね」 「え? 何で?」 「そのお印は、アレクセイ様の『牽制』かもしれません」 「……牽制?」  シャルロッテの声は、茶化すような高らかな声ではなく、秘密をそっと打ち明ける様な低い声だった。その声を聞いていると、少し重たい背筋が、ピンと伸びる。 「ええ、アレクセイ様とミサキ様の仲睦まじい様子を内外アピールし、ミハイル様やミハイル様の派閥の者へ、二人の間に付け入る隙はないと……」 「そんなことして、何の意味が……」  そこまで言いかけて、ミサキはハッと思い出した。  今のミサキは、『政治の道具』だ。二人いる王子、その内どちらかの子を孕めば……その王子は、次の魔王としてこの国を治めることになる。ミハイルとアレクセイ、そのどちらかの王子を推挙している家臣がミサキの動向……誰に抱かれたのかを気にかけるのはごく自然なことだった。 「気を付けるって言っても、どうしたら……」  元の世界にいた頃は、非力で何もできなかったミサキだ。この世界に召喚されたからといって、すぐに不思議なパワーやとてつもない腕力が身につくわけでもなく、そんな危険な時に役に立ちそうな『異世界トリップ特典』はなかった。どこにでもいる、戦う事もできない非力な女の一人だ。そんなミサキに、いざ何かが起きた時に自分の身を守る術は、ない。 「何かございましたら、すぐに私の名を呼んでください」  シャルロッテはしゃがみ込み、少し恐怖に震えるミサキの手を取った。 「どこにいたとしても、すぐにミサキ様の元に駆けつけますわ」 「それは、心強いです……」 「当然の事です、ミサキ様にはこの国の未来がかかっておりますから」  にっこりと微笑むシャルロッテにつられて、ミサキも笑みを作った。笑顔になると、不思議とほっと心が落ち着くものだ。 「さて、朝食に……いえ、もうお昼ですね。昼食の準備を致しますね」 「ありがとう、シャルロッテさん」  シャルロッテがあくせくと食事の準備をしている間、ミサキは与えられたドレスに着替えていた。  昨日アレクセイに、「ボタンが多い」と苦言を呈されたミサキのドレスだったが……王子のツルの一声のせいか、あっという間に改善されている。胸元はリボンが編み上げられているだけで、そのリボンを解くと簡単にミサキの柔らかな双丘が露わになる。普通にリボンを結ぶだけではその胸の谷間が絶えず露出されていることになるので、ミサキは大慌てでぎっちりとリボンをきつく結んだ。 「でも……子ども出来たとしても、産まれるまでどちらの子どもかなんてわからないのに……どうして今からそんな争いが始まるんだろう」  子どもの父親なんて、産まれてからじゃないと分からないだろう。ミハイルとアレクセイ、そのどちらかに似ていたらいいのだけど……もしそれでも分からなかった場合は、この世界にも、DNA鑑定のような技術で調べるのだろうか?  モヤモヤとミサキが考えていると、昼食の準備をしているシャルロッテがその独り言に口を挟んだ。 「もちろん、ミサキ様が妊娠されましたらすぐに巫女が調べに参りますわ」 「み、巫女?」 「ええ。巫女は普段占いや託宣、などで生計を立てておりますが、この世界の女は体調が優れないときも巫女が診るんです」
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