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ケィズオの商人
鼻の頭に三点連なる刺青をしたその人々は、遠くケィズオという国が出身だ。今では大陸中に散らばって、交易の栄える場には必ずいるといっていい。アンブラとその北に隣接するブロンゼの商業都市も例外ではない。
「ごきげんよう、深青のジェイス」
彼等は敬称代わりに、相手に際立つ色を名前に添えて呼ぶ。
通りに向かってガラスを張り、店内を眺められるようにした建物に見入っていたときである。ジェイスは声を掛けてきた女に振り向いた。その濃い肌の色に目を留め記憶を探る。揺れる豊かな黒髪と、動きやすそうで端々の装飾にも抜かりない軽装。自分はいつ彼女に会っただろうか?
幸い彼等の挨拶の心得はあったので、ジェイスは愛想の良い笑みを浮かべて率直に訊ねた。知っているふりをして話を進めてはあとがこわい。何せ彼等は商人だ。
「こんにちは、竜胆の旅商人。どこかでお会いしましたか?」
彼は瞳を謳われたので、彼女のことも瞳で謳う。
女は双眸を弓なりに細め、ケィズオの商人特有の笑い方をした。企みを奥に隠すような独特の笑い方だが、これで深い喜びも湛えているので慣れていないと判別が難しい。
「魔法石商はやっぱりお上手。下手な相手だとわたしの肌の色ばかり。何を見ているのだか」
「それは安心しました。わたしはどうも賛辞が不得手で」
「ご謙遜を。あなたのことですが、わたしが一方的に見知っているだけなのです。一人でいらっしゃったので、つい声を掛けてしまいました」
何せあなたはあの――と言いかけて、女は続く言葉を口から出さないようにやんわり手を添え上目遣いをする。ジェイスは苦笑した。
「魔法馬鹿?」
ええ、と女は首肯する。
「悪気はないの。でも珍しい方。魔法石の栄える国で、人間そのものも魔法が使えると信じている」
人々は魔法石によって生活に魔法を用いる。魔法石があるからこそ魔法が使える。いくらそれがかつて存在していたと言われる魔法使いの残したものだと伝わっていても、実際に魔法石なしで魔法を使う人間を見たことがない彼等は、魔法使いを心の底からは信じていなかった。それはあくまでお伽噺の一片なのだ。
それでもジェイスは人間が、己自身で魔法が使えると信じていた。
それは彼の誇りでもある。
いつか自分も必ず、と思っている。
「きっと人も自身の手ずから魔法を使える日が来ます」
ジェイスは言い切った。彼は自分が一番信頼している人の姿を思い浮かべる。それから彼の愛する人を。ついでに彼を笑わなかった、かつての想い人を。
「信じる気持ちは大いなる価値です。わたしたちもそう。かつて大陸を知り多くの知識を得ること、それがケィズオに繁栄をもたらすと信じて我々は各地に広がった」
事実ケィズオの繁栄は止まるところを知らない。行商人として、または旅する知識人として彼等は大陸各地に赴き、そこで得たものや情報を国に還元してまた新たな価値を生み出す。国の栄えが彼等の誉れだ。
女は胸に手を当て、ジェイスを真っ直ぐ見つめる。青紫の花を思わす目の色が、しなやかな強さを宿している。
「わたしはラムリタ。ケィズオの魔法石商です。ぜひあなたのお耳に入れたいことがあります」
こういうことはよくあった。自分が魔法馬鹿と呼ばれていることにかこつけて、ことの真偽はともかく魔法に関わる珍しい事物があれば、彼にわざわざ聞かせようとする人々。それは親切心であることもあれば、自分自身で確かめるのは非効率だからあいつにやらせようという――結果が出れば横から自分の手柄を主張して、いくらか利益を得てやろうという考えからのこともあった。今のところジェイスが上手なので、不利益を被ることはなかったが。彼は売られた喧嘩に色を付けて返すのも得意だ。
「どんなことでしょうか」
ジェイスは楽しそうに口の端を上げた。
どこへ転がるかわからないサイコロを彼女が振るのを待つ。
「一週間後、〝エニヴィスの魔法石〟がオークションに出ます」
ラムリタは確信のある言い方をする。
ジェイスはわずかばかり目を瞠って、そんなはずはない、と。
その存在の有無はついぞ知ることはなかったが――何せ彼女は絶対に答えなかったので――〝エニヴィスの魔法石〟が存在したとして、持ち主がそれを手放すわけがないと彼は知っていた。
「いかがでしょう? あなたが先日得た魔法石と交換で、わたしはこのこと以上の情報をあなたにお渡しすることができます」
周到に餌を用意した彼女はジェイスの少しの動揺を確かに捉え、求める魔法石の名前を告げた。
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