馬車の中

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馬車の中

 揺れる馬車の振動に身を任せ、マリエットは夢を見ていた。  空には灰色の雲が広がり、足元の大地は乾いて罅割れがいくつも認められるような場所。物寂しい気持ちを抱えながらぽつんと一人で立っていて、ここからどうしようかと存外悠長に構えていた。よく見る夢。 「君の右足の下だ。丁度そこに、私の魔法の骸が埋まっている」  どこからともなく声が聞こえて、それに従うように右足をずらす。今日は四日前に出掛けたときに身に着けていた、履き慣れて柔らかくなった革のブーツを履いている。遠出のためだ。 「光っているのがわかるかい」  ええ、とマリエットは答える。今さら骸が埋まっているのは驚かないし、何度も見た夢で何度も足元にあるので、不謹慎とかそういうこともどうでもよくなっていた。 「それを君がこれから守ることになる。レインジルの宝。私の骸」 「あなたの魔法の骸」 「私の魔法に触れる者は私が選ぶ。私以外が選ぶことはない。だから安心してその手にとりなさい」  私は君を選んだのだから――  いつもそこで目が覚めるのだ。お嬢様、もうすぐ今日の宿に着きますよ。一緒に旅する羽目になったメイドが言う。馬車から外の様子を窺うと、暗く影を落とす雲の隙間を刺し貫くような夕陽が地面に落ちて、マリエットはなんだか夢の続きを旅しているような気分になった。もしかしたら雨が降るのかもしれない。 「明日にはアンブラに着きますよ」  アンブラはこの国の首都だ。マリエットたちが住むのはすぐ隣の国だったが、あいにく国境から幾分離れた位置に土地を所有していたため、来るまでに時間が掛かった。それも明日には目的地へ着くため、どうしても気持ちが逸る。 「……ルドウィンは先に着いているのよね」 「ええ、そのはずです。無事に魔法石商の方を見つけていると良いのですが」  ルドウィンはレインジル家の従者の一人で、彼はアンブラを訪れた経験があったため、今回使者として先に首都へやったのだった。探している魔法石商は他国でも名前を聞くほど有名で、所属する商会も国で一、二を争う大きなところ。だから先に使者を送り会う約束を取り付け、話をスムーズに聞いてもらおうという算段だ。  マリエットたちが探しているのは、エレスチャイル商会に所属するセレスタインという宝石商である。ファーストネームまでははっきりせず、エリオットだとかヴィンセントだとか、複数言われているのでどれが本当なのかわからない。ただエレスチャイル商会のセレスタインといえば一緒に流れてくる噂が二種類あって、良い方の噂では国で一番腕が良く、鑑定はもちろん、どんな貴重な魔法石でも必ず見つけて寄越してくれるのだという。反対に悪い噂はというと、偏屈で人を見下す上にがめつくて、よっぽどの金持ちしか相手にしないというものだった。  今回マリエットは前者の噂に賭けている。もしも後者の噂の通りであっても、恵まれたことにマリエットが跡を継ぐことになっているレインジル家は自国で有数の貴族であるので、金を支払って求めている魔法石を必ず見つけ出してくれるというなら問題ない。それが駄目でもセレスタインも商会に属する魔法石商だ。貴重な魔法石が市場に現れたら、その情報を仕入れているだろう。マリエットが求めている魔法石――〝エニヴィスの魔法石〟が噂にならないわけがない。この世界に存在する魔法石で、さらに稀有な力を持つと言われる〝イデアール〟の中でも最たる石。最低でもその情報が得られれば良い。 レインジル家の次期当主であるマリエットは、失われたその石を、なんとしてでも取り戻さなければならなかった。  とにかく明日だ。落ち着かない気持ちを無理矢理押さえつけるように、胸の上に手を置いた。  夕陽がそろそろ消えようとした頃、ゆっくりと馬車が止まる。  夜の間に雲が流れてしまえばいいですね、というメイドの言葉に、マリエットは上の空で返事をする。
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