セレスタイン

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セレスタイン

 シルクハットを被って年季の入ったようなフロックコートを着た男はルドウィン・フォウトと名乗った。 「代々レインジル家で執事を勤めております。今はわたしの父がそのお役目を。わたしは生憎ただの従僕で、器量も凡庸であれば容量も悪くて」  ただちょっと地図と景色を覚えるのが得意なので、あまり遠出をされないお嬢様にその点を買われております。そう言ってはにかむ様子は嬉しそうである。  少年は前に向き直り、後ろを歩く男に話し掛ける。 「それでわざわざここまで? 貴族なら商人を呼ぶ方が簡単でしょ?」 「そう考えることもできますが、今回はお嬢様自身が手を尽くそうと決めているのです。なにせあの――」 「あなたが言うことが本当なら凄まじく事態は良くないね」  ルドウィンによれば、代々レインジル家の当主が管理していたという〝エニヴィスの魔法石〟がある日忽然と消えてしまったのだそうである。大きさは手の平ほど。上着のポケットにも簡単に隠せてしまう。 「本当です、だからわたしたちはこうして動いております。これ以上何かあってからでは遅いのです!」  当主の部屋に剥き出しで置かれて一見無防備であるそれは、部屋の四方に置かれた別の魔法石によって守られていた。部屋の中であれば誰でも触れることはできるのだ。しかし持ち出した途端その盗っ人に不幸が降りかかる――触れていた場所から身体に戒めが蔓延って、全身を焼き爛れさせる激痛が襲うことになる。〝エニヴィスの魔法石〟は流星のごとく大きな光の魔法を備えていると言われていた。 「まーあうん、詳しいことはあとで聞くよ」  いかにも厄介そうだしという言葉をすんでのところで飲み込んだ。 「あらエヴァンスだ、久々にこっちに来たんじゃない?」  声は道に軒を出して商品を並べた菓子屋からだった。 「久しぶりーもう帰りたいー」 「なーに言ってんの! あんたがいないと商会が困るでしょ!」  ほらこっちおいで、と呼ばれるままに少年――エヴァンスが店の女性のもとへ行くと、何やら小さな包みを受け取っていた。彼は顔を綻ばせて何か話をしているようだ。  その横顔の美しいこと。  頬に一筋垂れた薄青の髪を払う仕草も何か意味を含んでいるように思えてしまう。長い髪を一つにまとめているのが艶めいて輝きを放つ。ちらりとこちらを見遣った金色の瞳にルドウィンはどきりとする。己ではなく、おそらく隣に立つ赤錆色の男を見たのだろうに。 「あの少年は、いったい何者なのでしょうか。エヴァンスというのですね」 「変な気を起こさないでくれよ」  飄々と言いつつ男は全身を覆っていた砂色のマントからちらりと剣の柄を見せた。シルエットで上衣の下にあるものを察してはいたが、ルドウィンは生唾を飲み込む。 「ち、ちなみにあなたのお名前は」 「ビー」  ただのビーだよ、と口の端を上げて友好的に振舞った。  それからエヴァンスは道々声を掛けられては何やら手渡され、目的の場所に着く頃には両手いっぱいに荷物を抱えていた。 「毎度のことなんだから、台車を借りたら良かったんじゃないか?」 「わざわざものをくださいって言ってるみたいでいやらしいだろ」  扉の前で立ち止まる二人を余所に、ルドウィンは数時間前にも見た建物の看板を見上げる。  色とりどりの硝子によって、光り輝く石を両手に掲げた天使の絵がそこには描かれていた。とても精巧に作られており、道に張り出したそれは日中の光を色鮮やかに透かして、上手い具合に建物の白壁に映している。  そこはルドウィンが一度訪ったという、エレスチャイル商会だった。 「まさか、その、セレスタイン氏と合わせていただけるのですか?」  恐縮してしどろもどろする彼に、 「噂を放っておいたのは僕だけどさ」  その方がいくらか面倒な手合いを払えるし、と。 「偏屈でがめついジジイだっけ」 「目も当てられないくらい醜いって言われてたぞ」 「どこ見て言ってんのそれ」  少年は鼻で笑う。彼はルドウィンを正面から見る。どんな顔も美しいとルドウィンは思った。 「僕がセレスタイン――エヴァンス・セレスタインだよ」  当てが外れることはないよ、ただし侮らなければ、と少年は付け足した。
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