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第16話
「チョコ、おいしかったですか?」
佐久間は椅子から崩れ落ちた。隣を見ると、その佐久間の様子を見て、美少女が両手で口を押えてくすくす笑っていた。佐久間は、顔が赤くなるのを感じた。
チョコをもらっているだけにこの質問には答える必要がある。仕方がないので、佐久間もさきほどの切れ端のメッセージの下に「おいしかったです。ありがとうございました」とだけ書いて、そのまま処分してくれと思いながら返した。
その後、引き続き講義を受けていると、またルーズリーフの上に紙の切れ端が転がった。隣を見ると、さきほどの美少女がくすくす笑っている。佐久間は、半ば呆れながら、それでも胸を高鳴らせながらその紙きれを開くのだった。
「お名前はなんていうんですか?」
佐久間は、心臓が飛び出るかと思い、実際に心臓が口から出そうになったので、慌てて押し込めた。そして、いぶかしんでいる様子を作って隣を見る。彼女は、今度は右手で頬杖をついて講義を聞いていた。佐久間が見ているのに気がつくと、少し佐久間の方を向いて、微笑んで見せる。そしてすぐ教授の方へ向き直った。
佐久間は、発狂しそうであった。とりあえず自分の名前を書いて、「あなたのお名前は?」と付け加えて返却する。彼女は、返ってきた紙切れに気づくと、頬杖をやめて嬉しそうに丸まったそれを開いた。佐久間からは、彼女が少し難しい顔をして、うんうんとうなずいているのが見える。そして、ボールペンを取り出すと、何かを書いていた。そしてその紙切れを丸めて佐久間に向かって投げた。
佐久間は、すぐさまやっと返ってきたかと紙きれを広げる。
「教えてあげへーん♪」
佐久間の口は、ポカンと空いたまま空気を吸い込むことすら忘れた。驚き呆れて声もでない。そのまま隣にいる彼女を見ると彼女はやはり頬杖をついていて、こちらを見るとウインクした。
佐久間は、口から火が出る勢いで叫びそうになったが、講義中であり、そんなことはできなかった。仮に火を噴いたとしたら、教壇のところにいる教授の薄い髪がちりちりになってさらに薄くなってしまうので、絶対にやってはいけなかったわけだが。
佐久間が少し不貞腐れたように講義を受け始めたのを見て、その美少女は、また紙の切れ端を新しく作って丸めて佐久間に投げた。佐久間は、それに気づくと、彼女をいぶかしんで一瞥した後、その紙の切れ端を広げた。
「木村美夏です……!」
そういえば、この前、横山さんから名前を聞いたな……。そう思った佐久間は、彼女の名前の件が、急にどうでもよかったことのように思われた。いまさら知ってましたとも言うことはできず、どうやって返事を書いたらいいものかと悩み、とりあえず、「そうですか。よろしくお願いします」とだけ書いて投げ返した。そして目が合ったときに、軽く会釈をした。
その後、その日、紙切れが再び木村美夏から飛んでくることはなかった。
佐久間は、この件はこれで終わりだと思った。
講義が終わり、サークルの部室でごろごろしながら携帯電話を操作していると、RINEでメッセージが送られていた。送り主は高山である。100キロウォークが開催される7月12、13日と言えば祇園祭であるが、そんなことより期末試験前であることが気がかりであった。佐久間としては、初めての法律の試験であり、試験成績、点数を軽視することができない身分にいたから、避けたい気持ちもあった。しかし、2日程度であれば、休んでも特に進捗に問題はないだろう。思い切って飛び込む勇気も必要である。
「あー、無問題です。そういえばどこで開催されるんだっけ?」
しばらくして、高山から返信が来た。
「分かりました。こっちで申し込んでおきます。あとで参加費回収するわ。ちなみに場所は鳥取」
佐久間は、思わず飛び起きた。あのへき地に行くのか。
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