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第18話
「そうですけど」
高山は、ぽかんと口を開けてこちらを見ている佐久間を見つめる。あまりにもじっと見つめてくるので窓の外に目を移した。自分で何も言うなと言っておきながら、次の言葉がないのが恐ろしい。
「そうですか」
あまりにも佐久間が唖然としているので、もしや気づいていないだけで自分はけっこう有名人だったのかなと思った。絵が下手という理由で有名人だったら嫌だし、確かに絵は下手であるが。
「どうしたん。知ってたの? もしやファンか? それならサインしてやらんでもないけど」
高山が冗談を言っても佐久間の表情は変わらない。高山は、黙っている佐久間の顔をいぶかしんでのぞき込んだ。いつのまにか心臓が高鳴っているのを感じた。前に似たようなイベントがあったが、あれは目の前に座っていたのが、美少女だった。あのときとは違う。この空気感も全く違う。前はもっとふわふわしていたのだった。それが今は、東西冷戦を思わせる緊張感が漂っている。食事中の冷戦ほどきついものはない。
そして佐久間が、口を開いた。
「知ってるっていうか、なんというか、俺が電子レンジ……です」
佐久間のこの言葉に、高山も言葉を失った。呆れて力が抜け、今まで身体に力が入っていたということが分かった。耳を疑った。もう一度、佐久間の声をよく聞こうとする。
「え?」
「いや、だから俺が電子レンジで、最近ラノベを書いてる……ます」
「マジかよ……」
二人はしばし見つめ合った。そしてこらえきれなくなって笑いだした。高山は、口の中でかみ砕いたモモのチリソース煮を吹き出しそうになるのを手で抑えて防いだ。雪が解けていくように、もう一度ゆっくりと時間が動き出した。
「いつまで笑ってんの」
「なんか笑いが止まらん」
高山は、佐久間の指摘からしばらく経って、ようやく落ち着きを取り戻した。水を一口飲んで、一息つく。
「そうか、君が電子レンジだったのか……」
「まぁね。そういえばさ、気になってたことがあるんだけど」
高山は、再び箸をモモチリを食べすすめていたが、佐久間の言葉に顔を上げた。
「なんでアカウント名が『ファブリース』なの」
「それは、たまたま手元にあの消臭剤があって、そのままの名前にしたら良くないかなと思って濁点を抜いたんだよ」
「適当だな」
「そっちこそ、なんで『電子レンジ』なんだよ」
「たまたま視界に電子レンジがあったから……」
「一緒じゃねーか」
「いやいや、厳正なる審査の上、選んだ名前なのでね……」
「だったらセンスなさすぎだろ」
佐久間は、むせていた。
「それにしてもファブリースさん、まぁまぁ絵がうまくなってきてるよな」
「なんで上から目線なんだよ」
佐久間は、モモチリをほおばりながら話すと、高山も同様にモモチリとご飯を口の中にいっぱいに詰め込みながら話す。高山は、さきほどまでの深刻な空気が嘘のように晴れていくのを感じた。食事ものどをすんなり通ってくれる。
「まぁファブリースさんも絵の練習でもしてるんでしょ」
そう言いながらも、高山は、自分の絵を褒められて、少し得意げだった。自分の中では、どこまで変わっているか分からなかったが、こうやって他人から評価されると、やはり練習は無駄ではなかったのだと思うのだった。
「それはともかく、ラノベの物語はどこまでできてんの?」
高山は、佐久間が電子レンジ氏だと分かり、ラノベ制作の話をかしこまらずに、気軽に話せるようになったことがうれしかった。相手を知っている分、また面と向かって相談できる分、率直に意見交換をできそうだった。遠慮し合って批判できないよりもよい。ただ、その分、不安要素も増えるのだった。
「いやぁ、序盤を考えてるんだけど、日本語ではない新しい言語を創ろうとしたら、全然考えられなくて詰んでる」
「だろうね。言語を考えるとしても、まず言語全体を考えないと、どの言葉がどういうものまで示すか分からないだろうし」
「そう。だから、良くないとは思うんだけど、まずは日本語で考えて、後から別言語へ変換みたいな感じでやろうかなって思ってる。今ある程度進んでいるから、切りのいいところまでいったら、その部分まででも送っておくわ」
「めぇ。まぁその辺は自由にやってくれ」
佐久間は、まだ全然だ、というようなことを言っているが、その話し方、雰囲気からして、物語の作成は悪くはないようであった。高山は、今後彼がどのような物語を作るか、期待に胸がふくらんだ。
「そっちのイラストの調子はどうなん?」
「女の子キャラは、だいたいイメージ出来てきたで。こっちも送っとくわ。」
佐久間からの問いに、高山も進捗状況を報告するが、佐久間の報告を先に聞いていると、高山は自分の方が、成果が少ないような気がした。
それぞれ定食を食べ終わると、代金を払って店の外へ出る。
「あ、あと今度からメッセージ送るの、ラインでいい? あのサイト開くの、いちいちパスワードとか入力せなあかんくて面倒だわ」
「オッケー。まぁ、連絡は、どっちでもいいわ。こっちからはラインで送るようにするけど」
そんなことを話しながら自転車の鍵を外そうとすると、高山はズボンのポケットに自転車の鍵がないことに気づいた。慌てていろんなポケットをズボンの外からたたいて確認するが、見つからない。
そこへアルバイトの店員さんが外へ駆けてきた。
「自転車の鍵を忘れていませんか」
「あ、それ、俺のです。ありがとうございます」
高山がそうお礼を言って受け取ると、その店員さんはにこっと笑って店の中へ駆けていった。
「今日のバイトの女の子、かわいかったよな」
佐久間がそう話しかけてきたが、その店員さんはタイツを履いていなかったので、高山はどこを見てそう判断したのだろうと思った。
帰りは鴨川から歩いていこうという高山の提案もあって、佐久間と高山は自転車を押して河川敷を歩いていた。丸太町通りから鴨川へ入っていくと、やはり夜には人が少ない。例の鴨川等間隔の法則が見られる三条四条辺りと比べて、この辺りは閑散としていた。鴨川を挟んで西側・東側と呼んだりするが、西側には明かりが少なく、逆に東側の方が、川端通りがすぐ近くにあるので、意外と明るい。ランニングをしている人が通るっていくのも、夜はこちらの方が多いようだ。ただ、どちらにせよ、閑散とはしている。
佐久間は、この辺りもたまにランニングで通るのだった。川端東一条の辺りから鴨川に下りて七条まで夜にランニングをすることがたまにあるのだ。そういうときには、たまにカップルが陰でこそこそ隠れていちゃいちゃしているのもたまに見かけたものだが、この日は、夜とはいえかなり早い時間だったからか、いないようだ。
鴨川を歩く会でもこの辺りまで歩いてくることはたまにあるらしかった。鴨川を歩く会の話を聞いていると、佐久間は妙にうらやましい気持ちになる。それは横山さんがいるから、というところもあるのかもしれないが、それだけではない何かがありそうだった。のんびりとした空気が流れていて、そういうところに惹かれているのかもしれなかった。あるいは、何を言っても許されているような雰囲気なのかもしれなかった。
そのときは、結局またしても長い間、佐久間と高山は一緒に歩いて、あちこちから思い出される場所を指さしてはその場所について教え合った。
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