第6話

1/1
前へ
/28ページ
次へ

第6話

 土曜日の朝、佐久間は、「小説GO」のメッセージを読むと、パソコンを閉じ、鴨川へ向かった。佐久間は、見た目は肉付きがいいわけではないが、これでも運動サークルに所属しており、ときおりランニングをしたり、大会に出たりしている。そのランニングでは、普段は、サークルの関係もあって、古都大学近辺にある吉田山や、銀閣寺のあたりから南に伸びている東山を走っている。しかし、その日の気分は、鴨川であった。久しぶりに鴨川を走りたくなったのだ。  家から、鴨川ランニングのスタート地点までは、ウォーミングアップとして軽くジョギングしていく。近衛通りを西に進み、川端通りを渡って鴨川の川岸に下り、亀の飛び石を渡って鴨川同志社側までたどり着くと、そこがランニングのスタート地点となる。家でストレッチは済ませてあるが、ここでももう一度軽く準備体操をし、ふぅっと大きく息を吐くと、ボウリング場へ向けて、佐久間は走り出した。  この日は天気がよく、周りにはウォーキングに来ている人、佐久間と同じようにランニングに来ている人、川辺で遊んでいる人、木の下にできた日陰で休んでいる人、いろんな人が鴨川を訪れていた。花粉症の季節は終了したため、このようなポカポカ陽気の日にも、心おきなく運動をすることができる。このような日の運動は、とても気持ちがいいもので、陰鬱な気分もすっ飛ばしてくれるのだった。  この日、佐久間を陰鬱な気分にさせていたのは、例のライトノベルの件であった。設定が全然思い浮かばない。今朝、ファブリース氏から来ていたメッセージを読んだが、全くその通りである。向こうはかなり丁寧にメッセージを書いてくれていたが、あのような設定だけで登場人物を描いてくれなどと頼む方がおかしいのだ。絞りに絞って、なんとか、送っても許容されるくらいのものを作り、送っただけであった。  気分をすっきりさせるために走っていたのだが、走っているときに何かいいアイデアが思い浮かぶのではないか、という淡い期待もあった。それゆえ、走っている最中にも何かいいアイデアはないかと考えてしまい、何も浮かばないと、ランニング中にもかかわらず、あああと声を出し、頭を抱えることになる。そして、そのときだけ、むしゃくしゃしてペースが上がるのだった。  そんなこんなでいつの間にか折り返し地点であるボウリング場まで到達した。案の定、何もいいアイデアは浮かんでいなかった。その証拠に、その日は、過去最高のキロ4分20秒ペースでここまで到達していた。  復路は、若干下りになっているので、疲労の割にペースは落ちない。植物園を左に見ながら、悶々と走っていた。  鴨川デルタの付近まで来ると、その辺りから騒々しい声が聞こえてきた。こんな朝から宴会か? と若干苛立ちながら、他方で呆れながら、その集団の横を通り抜けていこうとした。するとそこには、見覚えのある顔がある。それは、例の先発ローテよれよれTシャツを着ていた男であり、見覚えのある顔、というよりは、見覚えのある「よれT」であった。  こいつか、これが横山さんなら今日一日がとてもハッピーになるのに、と思いながら、そのよれT男を横目で見ていると、なんとその近くに横山さんが座っているではないか。  佐久間は、思わず振り返ってそちらの方を見てしまった。すると横山さんも気づいたようで、おうい、というようにして手を振ってくれる。佐久間は、小さく手を振って、足早にそこを駆け抜けた。鴨川デルタにある亀の飛び石を渡り、橋をくぐると、後ろに横山さんが見えなくなったことを確認して、左手を心臓にあてた。どきどきした。走っているから当然なのだが、それでもこの感覚が別のものであるとはっきり分かる。こんな偶然があるだろうか。今日一日がハッピーになってしまった。  それにしても、前回といい今回といい、なぜあのよれT男は、いつも横山さんと一緒にいるのか。まさか同じサークルということ? では、とても仲良しに、いやそれ以上の関係になっているのか?  佐久間は、そのようなことが頭の中を駆け巡り、もはやランニングどころではなくなった。が、そのとき、ふとアイデアを思いついた。  佐久間は、急いで家に帰ると、アイデアをまとめ始めた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加