今夜、会いに行きます

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 見まわりを終えて、ようやく自分の部屋に戻り息をつく。  修学旅行の最終日前夜。明日の朝新幹線に生徒たちを押しこみ東京まで無事に連れ帰るまで、あともうひと頑張りだ。  宿泊先のホテルは、ありがたい事に引率教師たちには各々シングルの部屋があてがわれている。行儀悪くベッドにダイブしても、誰も咎める者はいない。 ―― と、ベッドの頭の壁の向こうから、ボソボソと何やら話声が漏れ聞こえてきた。  頭の中で、生徒たちの部屋の配置を確認する。隣室は、私が担任する六組の女子部屋だ。 「じゃあ、私から右回りね」 「ロウソクじゃなくても大丈夫かな?」 「こういうのは『気持ち』だから。『気持ち』」 「話し終わったら、懐中電灯を消せばイイのね?」 「うわぁ、なんかドキドキするね」  限りある予算内で選んだホテルだからか、壁に耳を当てれば会話が筒抜け状態だった。話の内容からすると、どうやら彼女達はいわゆる「百物語」を始めようとしているようだ。  意外だ。  我が六組は、学年の中でも優秀な生徒が集められた進学クラス。中でも隣室の五人組は、難関国立大の進学を志している才女のグループ。それが、『怪談を順番に百話まで話し終えると、本物の幽霊が現れる』だなんていう、非科学的な遊びに興じているだなんて。 いや逆に優秀な彼女達ゆえに、実際に試してみてからこそ幽霊などと言う怪しげな物の存在をきちんと否定できるのだと、考えているのかもしれない。  時計は既に十二時を回っている。「早く寝なさい」と注意しに行くべきか、それとも修学旅行最後の夜なのだから大目に見てやるか。そういえば私自身も、修学旅行の夜、旅先の解放感からか、友達と窓の外が明るくなるまで恋愛トークに盛り上がった記憶がある。若き日の、甘酸っぱい思い出の日々だ。  これもひとつの思い出作りだろう。大きな声を出して騒ぎだしたら止めに行けばいいかと、私はそのまま眠りに入ってしまう事に決めた。 (……五人だから、ひとり二十話ずつか……)  そんなに怖い話のストックが、皆ある物なのだろうか? ディベート大会での活躍も目覚ましい彼女達の事だからきっと話題も豊富なのかもしれないが、こちとら心霊体験なんて生まれてこの方した事もない。  なんて思っていたら、してしまいました初体験。 京都の古いホテルで、霊に遭遇。はじめてに相応しい、なんてベタなシチュエーション。 「ついに九十話目だよ」 「いよいよだねぇ」 「あと十話! がんばれー!」  話し声に目が覚めた。  もう九十話までいったのか。随分と頑張って話したんだなぁと、まだ半分眠ったままの頭で考えるが、どこかに小さな違和感を覚えた。  おかしい。声が聞こえてくるのは、壁の向こうからではない。クリアに、自分の背後から聴こえてくる。おまけにウチの生徒達の声ではない。しわがれただみ声だったり、男の子の声だったり、なんだか羽根のはばたく音なんかも聞こえてくる。  ひとり部屋のはずのこの部屋に、一体何がいるんだ? ゆっくり、恐る恐る寝返りを打って、声の方に顔を向ける。  するとなんとまぁ。  いるわいるわ、ワラワラと。  例えるなら、美術館で見た絵巻物に描かれていた『百鬼夜行』の世界がリアルにそこに。 「あと九話!」 「もうすぐだねぇ、もうすぐだねぇ」  赤い顔の天狗と耳まで口の裂けた山姥が、嬉しそうに壁に耳を当てて喜びあっている。 「久しぶりだねぇ。ニンゲンの前に出られるの」  ぴょんぴょんと跳ねて、全身で喜びを表しているのはひとつ目小僧だ。  なるほど。  この異形の者たちは、隣りの部屋の『百物語』がクライマックスに差し掛かったので、百話目が終わって出現する為にここでスタンバイしているのか。 「あと八話ー!!」  大天狗が羽根をバッサバッサさせて叫ぶと、『おーっ』と盛り上がる異形たち。まるで新年を祝うカウントダウンのようだ。  お願い。早く百話終わらせて、こいつらをそっちに招き入れて。生徒たちの安全を顧みず、私は念じる。だってこれは、彼女達が望んだことだもの。あ、でも待って。まさかこいつら人を獲って食ったりはしないよね。さすがにそれはヤバいから。  布団を頭から被って、この危機的状況が一秒でも早く解決される事を願っていると ――
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