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「あぁー、嘘でござんしょ?!」
時代がかった台詞とともに、幾つもの落胆のため息が聞こえてきた。
「あともう少しじゃないか……」
「寝るなぁ、寝ないでくれぇ」
悲痛な叫び声もそれに続く。
百話目前にして、話が尽きたか眠気がMAXに到達したか、どうやら我が生徒たちは眠りに落ちてしまったのか。
「今日こそは、ニンゲンと遊べると思ったのになぁ」
あまりにも哀しげな声に胸を打たれ、布団から少し顔を出して様子をうかがうと、ひとつ目小僧が小さな身体を震わせて、大きな目から涙をぽろぽろ流す姿が見えた。
出番を待ち望んでいた彼等は、みながっくり肩を落として窓の向こうに消えて行こうとする。
そのあまりにも寂しそうな背中に、私は思わず布団から飛び出さずにはいられなかった。
「待って! あ、あの、私でよかったら、す、少しお話でもしませんか?!」
あやかしの者たちは、一斉に私を振り返って驚いた顔を見せたかと思うと、一瞬にして煙になって消えてしまった。
(……我々は、百物語を終えた者の前にしか、姿を見せてはいけないのじゃ。でも娘よ、そなたの気持ちは嬉しかったぞ)
(……ありがとう)
(縁があれば、また会おうぞ)
(……アリガトウ)
部屋から全ての気配が消えて、私はまたひとりになった。
言いようのない寂寥感に、まんじりともせず朝を迎えた。
私とは反対に、すっきりとした顔をして起きてきた隣室の教え子たちを見て、
(アイツら、今度の通知表の『責任感』の欄は、五人揃って『C-』じゃっ!!)
と憤慨したけれど、もちろん実際にはそんな事はしなかった。
彼女達が『百話』を最後まで話し終える事が出来ず、あの魑魅魍魎たちに遭遇できなかったのも、彼等の言う『縁』が無かったからなのだろう。
きっといつの日か、遭うべき人たちがあの場所で彼等と出会える事を、私は願ってやまなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「じゃあ十二時になったら、各自懐中電灯を持って205号室に集合! それまでちゃんと仮眠をとる様に!」
「はい!!」
部員たちの元気な応えが返ってくる。
あの日から三年の月日が流れ、私は再び合宿の引率でこの京都のホテルを訪れていた。
昨今の『怪談ブーム』にあやかってか、昨年我が校には『心霊研究会』なる同好会が発足され、私はその顧問を担当する事になった。
「合宿で『百物語』をやりたい」 と言いだした部員たちに、私が提案した宿泊先がこのホテルだった。部員は全員で九人。私を入れれば十人。ひとり十話の計算になる。なんせこの日の為に、怪談俳句や怪談短歌、短編集なんかも読み漁って、手ごろな怪談を収集してきたのだ。十の怪談話くらいドンとこいだ。
果たしてあの魑魅魍魎たちは、あの夜の事を覚えているだろうか。
『娘』だなんて呼ばれて心躍らせた四十女が、今夜、会いに行きますよ。
《了》
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