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カチャカチャと金属の当たる音が耳に触れる。 ひそひそとした話し声は、どこからともなく立ち込める煙に似て、足首の辺りを撫でている。 落ち着いた雰囲気のBGMは、天井付近で淀んでいるようだ。 イヴァンセはいつものカフェのいつもの席で、いつもよりボーっとしながらそれらの音を聞いていた。 明るい造りの店内は普段と変わらず、客入りは多すぎもせず、侘しくもなく、程よく席が埋まっており、 客層は概ね20代から60代程度の子供を連れない男女、もしくは同性同士の少人数のグループで、 大声で騒ぐようなのや、食事のマナーのなっていないタイプの者は居ない。 よって、皿とフォークがぶつかりあう音も会話の声も、けして下品なまでにやかましいわけではない。 にもかかわらず、やけに耳につくのは、きっと天候のせいだろう。 雨の日は、なんとなく音がいつもと違って感じられる。 それが気圧のせいなのか、どんよりと鈍色に支配された風景のせいなのか、はっきりとしたことはわからないが、何も特別イヴァンセの感受性が鋭いからではないことは確かだ。 多分、万人とは言わないまでも、多くの人に共通する雨天特有の違和感だろう。 アンニュイ、というやつだ。
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