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こんな日は、いつもより少し遠い昔が懐かしまれる。
老いも若きも関係なく、どこか年寄りじみた心地で、過去の記憶が蘇る。
そうして語り合う互いの間には、なんとはない侘しさと優しさが通い合う。
話す相手の居ないイヴァンセは、ただそんな店内の雰囲気をじんわりと肌で感じていた。
まどろみに似た停滞した心地だ。
それに浸っているうちに、いつしか本当にまどろみかかっていたらしい。
「悪い、待たせたな」
不意に落ちてきた声に、イヴァンセはハッとした。
真っ白な陶器のカップの中では、すっかり冷めたコーヒーが濃い琥珀色の鏡面に天井のライトを映し込んでいる。
持ち手にかけていた指を離し、イヴァンセは軽く片手をあげて挨拶した。
「まったく、人を呼びつけて置いて一時間も遅刻か。随分じゃないか」
半ば冗談、半ば本気で彼が詰ると、相手の男――ダミアンは「悪い、悪い」と、まるで悪びれない口調で謝罪した。
イヴァンセは苦笑する。
挨拶のために上げていた手を、そのままウェイトレスを呼ぶのに使った。
ダミアンの調子のいい性格は今に始まったことではない。
学生時代にはお調子者を通り越してトラブルメーカーだったが、なんだかんだで周囲に許される愛嬌の持ち主だった。
それが今ではお堅い役所勤めなのだから、世の中は何が起こるかわからない。
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