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旧校舎の三階のどの部屋なのか、ポスターには記されていなかったが、部活をしている以上、どこかの教室にそれらしい看板かポスターがあるだろうと思っていた。
しかし実際にそれらしい部屋は一つもなかった。窓から教室を一つずつ覗いていみるが誰もいない。
旧校舎というだけあって建物全体が古びていて、電気は通っているがやけに薄暗い。
『世界の平和を守る部』の部員がいるだろうと思っていたまでは良かったが、誰もいないことがわかると、とたんに気味が悪くなってきた。
天井にはそこら中蜘蛛の巣が張り巡らされているし、廊下を歩くとギシギシと軋む。
ときどきこの建物を明るくしている蛍光灯がチカチカと消えかけるので、まだ昼すぎにも関わず幽霊が出てもおかしくない雰囲気だった。
帰ろう。きっと何年も前に廃部したのに、ポスターだけ貼ったまま剥がしていなかったとかそんなところうだろう。
教室を見て回るのをやめ、階段に向かおうと歩き始めた瞬間、誰かにぶつかりその拍子に床に尻餅をついた。
「痛……って……す、すみま……」
条件反射的に謝ってはみたものの、俺は相手の顔を上げることができなかった。
ぶつかった相手は今たしかに俺の右側から現れた。何も気にせずに歩いていたとはいえ、俺の右側がただの壁だという認識くらいはあった。
まさかそんなことあるはずがない。たしかに今たしかに誰かとぶつかったけれど、壁から人が出てくるなんてどう考えありえない。
いや、もしかしたら隠し扉でもあるかもしれない。そっちのほうがまだ現実的だ。世界の平和を守る部とやらが、誰も入って来ないのを良いことにきっとふざけてそんな扉を作ったのだろう。
それで納得したかった。
「あ、ごめん。痛かった?」
頭上から降って来た声が予想とはあまりにも違い、反射的に顔をあげた。
仮にも男の俺がぶつかって尻餅をつくくらいだ。相手もそれなりの大男だろうと思っていたが、ぶつかったのは青色の髪を一つに束ねた、俺の頭一つ分ほど背の低い女の子だった。
目は髪の毛と同じくらい青く、恐ろしいほど整った顔をしている。
「え、と。いえ……俺は大丈夫です。怪我はありませんか?」
「あはは。きみ、面白いね」
今、笑うところなんてあっただろうか。
自分の言葉を何度も頭の中で繰り返してみるが、特に当たり障りのないことしか言っていない。
「立てる?」
差し出された手を無視するわけにもいかず、女の子の小さな手を掴んで立ち上がる。
「あの、今どこから出てきたんですか」
「どこって?」
「いや、そのさっきこのフロア見て回ったんですけど、誰もいなかったので……」
壁から出てきましたよね?とはっきり聞くつもりだったのに、いざとなると別の言葉でごまかしてしまった。
いくらなんでも見間違いだろう。初対面の女の子にそんな馬鹿げた質問をして、この先の学校生活に支障が出ては困る。
入学早々、可愛い女の子に頭のおかしいやつだと思われるのは御免だ。
たぶん隠し扉があるか、そうでなければこの女の子が俺より頭一つ分小さいせいで視界に入らなかったとかそんなことだろう。
「ああ、ごめんね。せっかく来てくれたのに」
女の子がまるでひとり言のようにそう言うと、ピュインと空を切るような音と同時に彼女の体真っ二つに割れた。
文字通り真っ二つに割れた。
正確に言えば何かで腰のあたりを真横に切断され、はじめに上半身が地面に落ち、バランスを失った下半身が後ろに倒れた。
何がどうなってるのかまったく理解が追いつかず、体から力が抜け、その場でしゃがみこむ。
死んだ?
今死んだのか?目の前で話をしていた女の子が切断されて死んだのか?何も見えなかった。たしかにおかしな音は聞こえたが、彼女の体を切断できるような道具は何も見えなかった。
いやいや、これはいくらなんでも夢だろう。あるいは幻か。
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