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【ケンタウロスの森】 一日目
(森に入った時にケンタウロスがこっそり隊を抜け出しても、見て見ぬふりをしてあげて欲しいんだ)
警備隊長をしてる番のアレクさんが僕に森の歩き方のレクチャーをしてくれた時にそう言った。
(分かったよ、秘密の任務なんだね)
(ううん、そうじゃなくて……恥ずかしい話だけど、森の中にはケンタウロスが大好物の木の皮があるんだよ)
それがどうして恥ずかしいんだろ。
その考えを読んだようにアレクさんは詳しく説明をしてくれた。
(普通の木ならそんなに恥ずかしいとも思わないんだけど、ちょっと、僕ら以外には臭いが強烈らしくて。嫌ぁな顔をされるんだ。なのにそれがまた僕らの大好物なもので、恍惚となって夢中で食べちゃうもんだから、まわりがドン引きしちゃって……)
なんと!
ケンタウロスにそんな秘密が!
元いた世界では架空の存在で神秘的なイメージだった彼らは、こっちでも森の守護神みたいな一目置かれる存在だ。
その彼らに意外な弱点!
あ、こんにちは、友樹です。いきなり何の話してるんだ、でしょ?どうして急に木の皮の話から始めたかと言うと、あるんです、今。
僕の目の前に、その臭っさい木の皮。
天使が僕に差し出してくれてるぅぅ
「あげる。番さんが来るって聞いたから取ってきたの」
人間なら七歳くらいの女の子。
あああ天使だ、神の御使い様だあぁ。
プラチナブロンドのゆるふわな髪、陶器のように滑らかな上半身、伸びやかな子馬のスラリと可憐な肢体。元の世界のファンタジー本だと、森の泉にひっそりと現れる人間がお目に掛かれない高貴な生き物だよ!
可憐だよ優しいよ可愛いよ尊いよ。
コレはその彼女の折角の好意だから無碍にできない。
だがしかし、しかし木の皮臭っさいのだ!
アレクさんに話を聞いてなければ「ばっちいから触っちゃダメです!」ってパーンとはたきおとして足先で蹴って遠くにポイするところだった。あっぶね!
ボクらは今、ケンタウロスの森の手前にある、ケンタウロスの皆さんの群れにいます。アレクさんが僕を紹介してくれてるんだ。
はああ、絵画の世界から抜け出したみたい……ケンタウロスの皆さん、幻想的で溜め息が出るほどお美しい。そしてとっても優しいんだ。ニコニコと僕を歓迎してくれた。良かったあ。
この天使も自分の大好物を僕に取ってきてくれたんだよ、嬉しいなぁ。
でもゴメン、お兄ちゃん、コレは食べれないんだ……
「ありがとう。でもお嬢ちゃんの好きな皮でしょ?僕はアレクさんに取ってきてもらうから自分で食べていいよ?」
「ううん、私の分はお家にあるの。いいの、あげるの」
「う、あ、りがと……」
あかん。恐る恐る手渡しで貰おうと手を伸ばしたら、アレクさんが受け取ってくれた。
「シーナ、ありがとう。森の中でトモくんと食べるね」
「うん!森の中はとっても素敵なのよ。番さんもきっと気に入るわ」
「そうなんだ。楽しみだよ」
「じゃあ行ってきます。皆さんもまた」
アレクさんが胴体に括りつけているカバンに皮を仕舞い、集まった一族の皆さんに手を振ったので僕もペコリと頭を下げた。
自分の好物をくれたシーナちゃんにも小さくバイバイをしたら、前足立ちをして両手を振ってくれた。ちっちゃい子は身軽で元気もいいなあ。可愛い。
「トモくんはすっかりシーナに気に入られたね」
「そう、かな。異世界人だから珍しかったのかな」
「それもあるけど、一番歳が近いからじゃないかな」
えっ、そうなの?
「ケンタウロスはあまり子供を産まないからシーナが今一番若いんだ。その次に若い奴はもう街で働いてて滅多に群れには帰ってこない。シーナの周りは大人ばっかりなんだよ。だから若いトモくんに会えるのをとても楽しみにしていたんだと思う」
そうだったんだ。
「確かにシーナちゃん以外の子供は見かけなかったな。そっか、大人ばかりだから皆さん落ち着きがあるんだ」
「まだお互い遠慮があるからかもね。打ち解けたら分かるよ」
そんなことを話してるうちに木々の重なりが見えてきた。
「トモくん、あそこだよ」
「うわあ」
やっと着いた。あそこがケンタウロスの聖なる場所……。
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