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ここで着る服はアレクさんが選んで買ってくれた。僕は今、シャツの上から大判のポンチョを羽織り獣人の子供サイズのズボンを穿いている。
ズボンのお尻はどうなっているかというと右足用と左足用に分かれた布を交差するように重ね、隙間から尻尾を出すようになっていた。腰の紐で重ねる大きさを変えられるので犬や猫やウサギなどどんな獣人の尻尾にも対応できる。もちろんケンタウロスの尻尾もね。さすが獣人の世界、尻尾の対応はばっちりだ。
ということで僕のいきなり生えた尻尾でも難なく隙間から出てアレクさんにツッコミを入れることが出来た。
はたかれたというのにアレクさんは嬉しそうで、僕の耳と尻尾をニコニコと見ている。
「トモ君の尻尾と耳は髪と同じ色だね。元気で明るいトモくんらしい色だ」
髪と同じ色?茶色かな。耳を触ると手だけでなく耳にも触れられてる感触がある。犬や猫みたいに三角じゃない、縦に長い形……馬と一緒、ケンタウロスの耳だぁ……。
耳をすましたら遠くで樹から落ちる雫のピチョン、ピチョンという音が聞こえる。ケンタウロスの耳ってこんなによく聞こえるんだ。凄いな、楽しいなと思ったら尻尾が左右に大きく揺れてバサッバサッと音がした。おおお、僕が尻尾振ってる!
僕も見たい!あっ、あそこで見れるんじゃない?
僕は木々が反射して見える水たまりのような場所に走っていった。
そこで水を鏡代わりに覗き込んだら、耳は髪より明るい煉瓦色だった。くふっ可愛い。尻尾も映して振り返って見てみた。うわー可愛い!!
だってまんまコスプレだよ。いつも獣人の皆さんの耳や尻尾にこっそり萌えてたけど、まさか自分にも生える日がくるなんて。しかもアレクさんと同じケンタウロス。うわーい、お揃い!
クルクル回ってじろじろ見て耳と尻尾を充分堪能した後で、僕たちは樹を離れ寝床にする穴へと向かった。今度は僕も自分の足で歩き、あちこちを案内してもらいながらのんびりと進んだ。
耳と尻尾が生えた体はいつもより軽く、来るときに大変そうだと思っていた石の段差や苔むした岩などもすいすい超えることができた。音や匂いの感覚も鋭くなっている。匂い……そういえばどこからか凄くいい匂いがしてるんだけど、どこだろう……。
はるか遠くには小高い崖から岩が突き出してるのが見える。登ったら見晴らし良さそうだ。
いつもなら渡れそうにない幅の広い小川も助走をつけてジャンプした。着地でグラッとして後ろに落ちそうになり、アレクさんに引っ張ってもらって渡ったよ。ドキドキしたねって言ったら僕の方がもっとドキドキしたよって笑ってた。あはは。
「トモ君疲れたでしょ。あそこで休憩しよう」
深い森を抜けて木がまばらになってきた頃、アレクさんが木漏れ日が差す明るい木陰を指さした。ケンタウロスの皆さんもここで休憩されてるのか、木の根元が平らに均されて小さな広場になっていた。
「うん」
はしゃぎ過ぎたのかちょっと眠くなってきたからちょうど良かった。
木の下にシートを敷き、括り付けてたバッグからパンと飲み物を取り出した。パンは自家製ハムとチーズを黒麦パンに挟んだお手製サンド、飲み物はベリーとオレンジ系の果物を漬け込んだ果実水。昨日張り切って作ったもんね。どっちも食堂の店長直伝のレシピで、僕とアレクさんの大好物だからぺろりと平らげた。
美味しいものを頬張ってお腹いっぱいになり、足を投げ出して木に凭れ掛かった。
木漏れ日、気持ちいい……。
うとうとしていたらアレクさんが隣りに座って僕を胴体に凭れ掛けさせた。
滑らかな筋肉……森を歩いてきたアレクさんから香る緑の匂い……
「眠いんでしょ、寝てていいよ。穴までもう少しだから運んであげる」
ううん、自分で歩く……
そう思っていたのに声にならないまま、
僕の意識は
遠のいていった──
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