【ケンタウロスの森】 二日目 ※アレクシイ視点

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【ケンタウロスの森】 二日目 ※アレクシイ視点

トモくんは木陰でうとうとしてそのまま深い眠りに入り、その日はもう目を覚まさなかった。 獣化が始まったのだ。 僕は荷物をバッグに仕舞い、毛布で(くる)んだトモくんを縦抱きに抱え木陰を離れた。寝床にする穴まであと30分程の距離だがその前に寄る所がある。 穴への道を逸れ、ケンタウロスが皆で使っている場所へと向かった。そこは日当たりと風通りが良く、湿地帯の湿った苔を乾燥させるのに最適な場所なので皆が持ち寄り乾燥させた苔が置いてあるのだ。その苔は綿のようにふかふかで苔綿(こけわた)と呼ばれ、これを自分の家に持ち帰り寝床の材料にしている。 これを持ち帰るために僕は人の身長ほどの長さのある広い葉を6枚、道の途中で切って持っていった。トモ君がバナナの葉と呼んだものの亜種だ。 2枚で苔をロール状に圧縮して硬く巻き、それを3本作り束にして荷物とは反対側の胴に括り洞窟へと運んだ。 木陰を出て何度かトモ君を草の上に横たえたが、深く眠って起きる気配はなかった。 四つ足のケンタウロスになるのは二足歩行の獣人になるよりずっと体に負担が掛かる。他の種族へと変化するより遥かに深い眠りと時間が必要なのだ。 昏々と眠る(つがい)を腕に抱き進むこと一刻、ようやく洞窟へと辿り着いた。 洞窟の突き当りは広い空間になっていて壁には岩をくりぬいたテーブルもある。 洞窟に着いた僕はまずテーブルと床を軽く掃き、苔綿を一本解いてテーブルをフカフカにし、毛布でくるんでいたトモくんを横たえた。そうしておいて残り二本を床に開き、持ってきた大きな布で包み綿の寝床を作った。その上にトモくんを移動させ、テーブルの綿をトモ君のまわりにある布の下に入れ込めば、ケンタウロスの巣の完成だ。 (そういえばトモ君は(わら)で巣を作ろうとしていたな。きっと向こうの世界に苔綿(こけわた)はなかったんだな) クスッ 寝ぼけて巣作りをしてくれたトモ君に戸惑ったことを思い出して、小さく笑った。 異世界から落ちてきた人間の子、トモ君。 森で出会った時、君は酷く怯えていたね。 僕はひとめ見て君が僕の番だとすぐに分かったんだ。嬉しかった。肩が熱くなって(つがい)(もん)も出たので疑いようもなく、トモ君もすぐに分かったと思った。 なので喜んで近づいたら泣きながら逃げ出し、どこにも逃げ場がないと知ると小さくうずくまってぶるぶる震えていた。 (化け物……殺さないで……) (父さん……母さん……) (帰りたい……) そう言って怯える姿に、(つがい)に引かれてこっちに来たとはとても言い出せなかった。ましてや番が僕だとはとても言い出せず……僕に出来たのは大丈夫、怖くないよ、僕が守るよと本音を混ぜたごまかしの言葉を囁くことだけだった。 (僕のいた世界にケンタウロスは存在しませんでした。なので最初に会った時にパニックになって酷いことを言ってしまいました。ごめんなさい……) この世界に慣れて落ち着いた頃トモ君がそう言って謝ってくれた。 あの状況では無理もなかった。気にしないでと返したけれど、あの出会いは僕の心に不安の芽を息吹かせた。 〈君は、君の世界では空想の生き物だったケンタウロスの僕に恋愛感情が持てるだろうか〉 〈人間同士で(つが)う気だったのに、半獣である僕を伴侶にしてくれるだろうか〉 こんな世界はもう嫌だ、元の世界に帰りたい── 僕はそう言って嘆かれるのではないかと怯え、トモ君に運命の番(フォルトゥナ)の話をなかなか打ち明けられずにいた。 そう悩んでいるうちにあっという間に二カ月が経った。そんなある日、トモくんの働いてる食堂へ行くと、くるくると走り回り元気いっぱいに働いていたトモくんが急に泣き出した。 「……うあ、うああ、ああぁあぁ」 (!) 「うお、何だ何だ、坊主いきなりどうした」 「うああぁあん。うわあぁぁん」 「トモくん!どうしたのトモくん!店長何があったんです!」 「分かんねー、タトゥーの事を話してたら急に」 「タトゥー!」 トモくんが僕のタトゥーの意味を知ってしまった。でも自分がその相手だとは思っていない。運命の相手は別の人だと思ったんだ。 それでこんなに泣いてるの? 「違う、違うよ、トモくん違うんだよ」 「うああぁあん。うわあぁぁん」 「トモくん、落ち着いて、泣かないで。違うよ、お願いだから話を聞いて」 泣いて泣いて鼻水まで出てる。泣きやもうとしてるのに止まらない。泣きじゃくってしゃっくりを繰り返してまた大粒の涙が出てる。可哀想に。 ねえトモくん、君はそんなに僕の事を好きになってくれてたの? 僕の番が自分じゃないことがそんなに悲しいの? 嬉しい!この子は僕の番だ! 天にも昇る喜びと同時に後悔も湧きあがった。 僕が憶病になって伝えなかったせいでこんなに悲しい思いをさせてしまった。 辛いことからも悲しいことからも遠ざけて、ずっと笑顔でいて欲しい。そう思っていた筈なのに僕が泣かせてしまった……
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