全力鬼ごっこ

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《side宝生蓮》 弾む息を整える余裕さえない。正直、鬼ごっこなんて子供のお遊びだと舐めていました。 おかしい…こんなに鬼側の数は多かったでしょうか。 少しフラつきながら階段を降りていたら、下から声が少し響いてきた。 「さっき宝生様が校舎に入って行くとこ見たんだって!」 「ほんとにぃ?」 まずいっ…ここを離れないと鉢合わせしてしまうかもしれない。 理解はしているが疲れて足が上がらない。室内に逃げたのは失敗でした。登ったり降りたりと体力の消耗が激しい。 「あ、れ…」 一瞬の浮遊感の後、視界が流れるように過ぎていく。 しまった!落ち… 「ッセーフ!」 …なかった。力強く肩を抱き支えてくれた彼の顔が近くにある。 「人が来るな。こっちに隠れてて」 そう言われ、誘導されるがままに近くの教室へ押し込まれ、そして間も無く話し声が聞こえてきた。 「あっ、書記様隊の…」 「お疲れさん。確か副会長んとこの子…だったな」 「はいっ!あのぅ…副会長様をお見かけしませんでしたか?」 「副会長?へぇ、まだ捕まってないのか。すごいな!…うーん。俺もさっきまでこの階で休憩していたから見てないが…ちょうど今、上に誰か逃げていく音は聞こえたな」 「本当ですか!?ありがとうございます!!」 上へ駆けていく足音が聞こえて少し間が空いた後、静かに彼は教室に入ってきた。 「お疲れ。人気者は大変だな」 「…すみません。嘘をつかせてしまって」 「別についてないよ。さっきまで宝生はこの階にいなかったし、実際上に逃げようとしていただろ?」 「いい性格していますね」 「ありがとさん」 「…」 橘だ。 …橘だ。 ……橘だ!?私、今、橘と話しています! ど、どうしましょう。会話が続かない!?会うなんて思ってなかったから心の準備ができていません!あああっ、しかも2人っきり!!彼とはまともに話したことないから何を言えばいいかわからない…! 「あなたは私を捕まえないんですか」 ……っばかなの?彼はまこの親衛隊なのに!これでは自意識過剰と思われそうです。はっ!?普通にお礼を言えば良かったのでは?なぜ今更思い付く…。 階段落ちそうになったり、自意識過剰発言といい恥ずかしい。 「ははっ!じゃあ次会ったら本気で捕まえる。今捕まえても、そんなバテバテじゃ宝生も不本意だろ」 『別にあなたになら…』と口から出そうになった。 嫌だな。こんな時に紫君から言われたことを思い出してしまう。自覚してしまう。私が、まさか、橘のことを…。 ショックだ。私は例え人を好きになっても、スマートに対応できると思っていた。それなのに、よく笑っている彼の顔を見るだけで…。 「ん?どうした」 す、 す、 すき…。顔もまともに見れないし、語彙力が崩壊してしまうのか、『すき』という言葉しか頭に浮かばない。 恋愛とはこんなにも頭が悪くなるものなんですね。今まで積み上げてきたものがまるで意味をなさないことにダメージを受ける。 「私は…とてもカッコ悪い…」 思わず口から溢れた。 「宝生はいつでもカッコいいよ」 もう!そういうところですよ!また『すき』という言葉に頭を占領されてしまう。 「…すみません。慣れないことに心が耐えきれないので1人にしてほしいです」 本当は彼と時間が許されるかぎり話してみたいですが…。これ以上、醜態を晒すことの方が耐えられない。 「そっか…悪かった。ゆっくり休んでくれ」 ああ…。彼は悪くないのに謝らせてしまった…。 静かに出て行く後ろ姿を見送りながら、後悔と羞恥がごちゃまぜになり、泣きそうになる。 次に彼と出会えたら、捕まえてもらえるでしょうか。 …なんて落ち込みながらも浅ましく考えてしまうあたり、やはり私は頭が悪くなったようです。
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