一章

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みんな移動し終わった教室。 見覚えのある薄茶色の綺麗な髪、その肩越しに見える綺麗な長い黒髪。憐くんと彼女の綾瀬さんだ。二人の距離と雰囲気から何となく今教室に入ってはいけない気がしてサッと息を潜め見えないよう隠れる。 「ね~憐くん、今日は一緒に行ける?」 「ん~、、ごめんね。今日も練習なんだ」 「1日ぐらいいいじゃん!!ね、遊びに行こうよ~でイチャイチャしよ?」 「ごめんね。大会近いから難しいかな~」 至って普通のカップルの会話。 「じゃあ1つだけ約束してくれる?」 「ん?なーに、」 「あのね、あや、来週発情期にはいるんだ~、そしたら1週間は公欠扱いになるでしょ?その時あやの寮の部屋来てくれる?」 僕は何を聞いているんだ。恋人同士の会話を盗み聞いている様なシチュエーションに、これ以上ここに居てはいけないと本能で思いながらも、体はそこから一歩も動けずにいた。自分の胸が嫌な音をたてる。激しく波打つのを感じながら、弁当箱をギュッ握りしめながら静かに息を潜める。憐くんの返事なんて聞きたくない、そう思うのに… 「うん、いいよ。」 いつものように穏やかで優しいその声で特に戸惑った様子もなく、流れるようにサラッとそう答えた。彼らは恋人同士なのだ、それぐらい当たり前。それでも、この会話を聞いてしまったことに酷く後悔した。気が付けばもう、次の授業の事なんて気にしていられなくて、どこに向かうでもなくただひたすら来た道を引き返していた。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・」 数分前立ち去ったあの場へ舞い戻っていた。ベンチのある場所に目を向けると、もう鈴弥くんの姿はそこになかった。それに少しだけほっと胸を撫で下ろす。今の状態の自分を他の人に見られたくない。 「あーぁ、授業サボっちゃった」 もうとっくに鳴り終わったチャイム。再び舞い戻ったいつもの場所に腰を下ろし、ぼーっと空を見上げる。 「いいなぁ、、羨ましい。」 今まで幾度となく思い、口にした言葉がまた、溢れ出た。今度は熱い涙も一緒に。僕の泣き虫は治らないそれでも昔は憐くんが隣でそれを拭ってくれていた。でも、今自分の頬を流れるこの雫をもう彼が笑いながら、大丈夫だよ。と言い拭ってくれることは絶対にない。その事実が何よりも僕を悲しくさせる。こんな所まで追ってきて、ほんとに自分は惨めで、諦めの悪い奴だ。自分の身体がいつもより熱いのは、きっと悲しさと虚しさとそれでも性懲りも無くまだ好きだと思ってしまう、この想いのせい。もしも神様がいるのなら、何も持たない僕に、せめて、彼をください。叶いもしない願いをまた心の中で願う。 その後も僕は、教室に戻る気が起きず、結局6時間目もサボってしまった。先生にはゆうくんが気を利かせて、体調不良で保健室に行ったことにしておいてくれたらしい。本当に彼には頭が上がらない。後で改めてお礼を言わねば。 「もう!心配したんだからね!」 もちろん帰り際、教室に戻るとこってりとゆうくんにお叱りを受けた。それでも元気のない僕に気づいて詳しく理由を聞いてくることはなかった。 「あ、さとちゃん!!」 カバンをとって寮に帰る途中、肩をとんとんと叩かれ、呼び止められる。
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