一章

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「…っ、ん」 甘く微睡んだ思考が緩やかに覚醒していく。 目を覚ますと視界いっぱいに見慣れない空間が広がっていた。先程までの息苦しさや異常な程の体の熱は感じられずいつも通り軽くなった体を起こし辺りを見回した。 「あ、起きた。大丈夫?体、辛くない?」 ちょうどタイミング良く扉を開けやって来た人物は、鈴弥くんだった。 「え、あ、、ううん?」 置かれた状況が上手く処理できずに気の抜けた返事した。僕の返事を聞くと、いつも通りの柔らかい表情を浮かべた彼。 「歩ける?今お医者さん来てくれるから、」 鈴弥くんの手を借りながらベッドを出ると、扉の前で待機していた看護師さんに診察室へ案内された。やはりここは病院のようだ。微かに鼻をつく嗅ぎ慣れないエタノールの香り。居心地悪く椅子に座っていると、ほどなくして白衣を身に着けた女性のお医者さんがやって来た。 先生は僕の顔を一目見ると優しく微笑み、目の前にある椅子に腰を掛けた。 「谷里見くん。うん、顔色はさっきより良さそうだ。どうかショックを受けずに聞いてちょうだいね、今日のバース再診断から貴方が後天性オメガ性である事が判明したわ。」 …え、、? 「ぼ、ぼくが、、オメガ…?で、でもっ僕2回とも、ベータだって…」 過去2回の診断で僕は確かにβ性であると診断された。きちんとそう伝えたいのに相変わらず大事な時に限って上手く口が回らない。ドクドクと嫌に鼓動が早まっていく。 「ええ、このようなケースは決して多くはないけれど極稀にあるのよ。私自身、今まで出会ったことはなかったけど、親御さんのどちらかがオメガ性であった場合にのみ、第二次成長後、ホルモンバランスが特出的に変化し変わることがあるの。谷くんの親御さんはどちらかオメガ性かしら?」 「…あ、はいっ父が、」 僕が中学に上がる頃持病で亡くなった父は確かにオメガだったが… 「そう。突然のことで頭がついていかないかもしれないけれど、とても大切なことだから、きちんと説明させてちょうだいね、」 言葉通り、突然の事にボーッとしたままの僕を安心させる様に再度微笑を浮かべると先生はオメガ性について説明を始めた。 始めはどこか他人事のように話を右から左へ聞き流していた僕もそのうち、あぁこれは現実なのだと思い知らされた。 発情期、ヒート、ラット、フェロモン、抑制剤、番、 どれもこれも一度は聞いたことのある単語ではあるもののこれまでベータとして16年間生きてきた僕にとって無関係といっていい内容のものばかりだった。 「…最後に、今日のように突然ヒートを起こしてアルファやベータに性的被害を受けてしまうオメガの子は比較的多く存在する。だから、そのことを自覚し最低限自分の身は自分で守ること。1番はしっかりと自分の体調を管理することだね。男だから、ベータだったからとと油断せず事実を受け止め、今日のようなことが二度と起きないよう対応しなさい。親御さんと離れて寮生活をしているのなら尚更、信頼できる友達にも協力してもらった方がいいかしら。今日はその子が助けてくれたんでしょう?後できちんとお礼を言わなきゃね。」 診察室に来た時からずっと付き添ってくれていた鈴弥くんにちらりと視線を向けた先生は最後にそういい一旦話を締め括った。 僕はハッと後ろを振り返り慌ててお礼を口にした。すると、目の前で勢い良く下げられた僕の頭を優しく撫でた彼は、どうも。と短い返事を返した。 それから、何種類もの薬を処方され。仕事終わり少し遅れやって来た母と先生とで再度話をした。 話を全て聞き終え診察室から出た母は、予想以上にあっさりとしていた。 「ハハッ、里見はしっかりお父さんの血を受け継いでいるのね」 そう言って笑った母の姿に、ホッとした。良かった。父が早くに亡くなり女手ひとつで育ててくれた母にこれ以上負担をかけてしまうことが何よりも心苦しかった、だから母が笑ってそう言ってくれたことに僕は心底安心した。 「心配するな里見お母さんがついてる!!だからそんな不安そうな顔するな~」 相変わらず女性とは思えない力強い大きな手に頭を掻きまわされ、口ではやめてよ。といったもののその手を避けることはしなかった。やはりうちの母は強い。オメガで我が父ながら驚くほど容姿の美しい父を一発で落としただけはのことある。 「それじゃあ、鈴弥くん?だっけ、今日は本当にありがとうございました。これからもうちの息子と仲良くしてやってくれ」 最後に改めて、鈴弥くんに頭を下げると母は帰っていった。一度家に帰るという選択肢もあったがだだでさえ多忙な母が急に纏まった休みを取るのも難しく、話し合いの結果それならば設備の整った寮に帰る方がいいだろうという結論に至ったという訳だ。
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