一章

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帰りのタクシーの中改めて隣に腰掛ける鈴弥くんにお礼を言った。あの時保健室に来てくれたのが鈴弥くんじゃなかったら…考えただけでも背中に冷や汗が流れる。 「す、鈴弥くん。本当に、本当にあ、ありがとうっ!」 「ん、どーも。ふふっ、でも保健室で谷くんも顔見たときは本気で焦った。」 苦笑いを洩らしながらそういう鈴弥くん。 「それに、谷くん眠ってる間ずっと、れんくんれんくんって、魘されてたけど、れんくんってもしかしてあの高橋憐?」 「え…は、はずかしっ、あ、う、うんそう」 そう言えば鈴弥くんは憐くんと同じサッカー部だったか。ていうか僕、夢の中だけじゃなく現実でも憐くんの名前を口にしていたなんて。 「知り合いなの?」 「あ、、、知り合い…っていうか、僕達幼馴染なんだ、」 僕の言葉にそうなの?と驚いたような顔をする鈴弥くん。 「高橋と幼馴染か~、それは大変そうだね」 「…う、うん、ちょっとだけね」 他愛のない会話をしていると僕らを乗せた車はすぐに寮へ到着した。いつもと違う、寮の部屋。昨日まで居たベータ専用の寮の部屋には、もう戻れない。新しい寮の部屋は広さこそ以前とあまり変わりない。唯一違う所と云えば部屋にある玄関を含めた全ての窓の鍵が以前居た部屋よりも一つ多いという所だろうか。鍵の作りの良く見ると少し違うようだ。まだ荷物の移動はできてはいないが事前に病院の方が連絡を入れておいてくれていたようで部屋だけは準備されていた。 「じゃあ、、あの、、鈴弥くん本当にお世話になりましたっありがとうございました!」 車を降り改めて別れる前最後に鈴弥くんにお礼をいい寮の前で別れた。アルファ用の寮とオメガ用の寮は結構場所が離れているため、ここまでで大丈夫だと断ったのだが、心配だからとわざわざ寮の前まで見送ってくれたのだ。本当にどこまでも優しい人だ。すっかり日も暮れ暗い夜道に消えていく背中を最後まで見送り僕も寮の中へと向かった。 事前に渡されていた鍵を使い、新しい自室へと入る。冷蔵庫やテレビ、ソファーなどは元々備えつけで、あとは細々とした荷物を移動させるだけで、引っ越しは直ぐに済みそうだ。六畳ほどの広さのリビングと寝室の二部屋に備え付けのキッチン。風呂とトイレは別々のようだ。浴槽はないが部屋に浴室があるだけでもありがたい。べータ専用の部屋に浴室はなかったため決められた時間に大浴場でお風呂を済ませていた。 取り合えず、リビングの一人掛けソファーに腰を降ろしひと息つく。 「…はぁっ、本当に僕、オメガになっちゃったんだ…」 うっすらとシミが広がった、天井を眺めながら独り言ちる。 ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホが丁度良く鳴った。のろのろと確認すると、相手はゆうくんと憐くんだった。ゆうくんからは三件ほどメッセージが来ていた。憐くんからは十件ほどのメッセージと電話が三件。ゆうくんはともかく彼の相変わらずの過保護っぷりに自然と笑いが込め上げた。 ゆうくんには事の詳細と、オメガ性に転移していたことを伝え、憐くんには体調は大丈夫たということと結膜炎で約一週間は学校をお休みすることになると連絡を入れた。案の定二人からは直ぐに連絡が返ってきた。二人とも部活で忙しい身なのに申し訳ない。 「…も、もしもしっ、」 「っさとちゃん?!本当に、ただの結膜炎?!また、前みたいに嘘ついてるんじゃないでしょうねえ?」 「れ、れんくんっ、、」 開口一番言われた言葉に身に覚えがありすぎる僕は思わず口ごもる。電話越しに聞こえてくる彼の声に、今の今までピンと張りつめていた心が解れていくのが分かった。
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