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「さとみくん、とってもきれいな泥団子だね」
「…うん」
土と水を混ぜ合わせコネ続け、徐々に球体になっていく土の凸凹した表面に、象さんジョウロに溜まった水を少しずつ与え、乾いた砂を土の表面に塗して再び形を整えていく。外遊びの時間中ずっとそうして小さな手の中に収まらない大きな泥団子を、真剣な表情でコロコロと丸め続けていた。
「すごいじゃん、全部上手にできてるね」
正面玄関を出てすぐ目の前に広がる園庭の端に、一人ポツンと座り込んだ園児の足元には同じような大きさの泥団子が数個転がっていた。それらに一通り目を通した先生は、再び小さな手の中で形作られる泥団子を見て感心する。
「…あの子がね…おしえてくれた…」
普段から言葉を発するのに少し時間を要するその子は、ゆっくりと自分のペースで言葉を紡ぐ。しかし、先生は辛抱強くその子の返事を待ち、決して先を急かしたりはしない。他の子達と同じように、いつもその子に接し、会話を楽しんでいた。
「あの子? あ、たけるくん?」
「…」
「ゆうすけくんかな?」
「…」
「あ、まりちゃん?」
「…」
「うーん…あ! もしかして、れんくん?」
「…(コクン)」
ふっくらとしたもみじのような手、土で汚れた指先をそのまま辿ると、広場の中央でボール遊びをしている園児達が映り込んだ。その中の何名かの名前を当てずっぽうに挙げていくも、その子は顔を小さく横に振った。先生は少し考え込み、活発に遊ぶ集団の中、一人だけひょっこりと飛び出した年齢の割に発育の良いその人物の名前を口にすると、少しだけ口の端を緩ませ、コクリと頷く。
「そっか。れんくんが上手な泥団子の作り方教えてくれたの?」
「うん」
「それは良かったわね」
「うん」
隣にしゃがみ、まだ幼さの残る顔を見下ろす。泥団子を作る手を完全に止めて、その子はじっと男の子のことを見つめていた。まるで、その子の見えている世界には、男の子以外存在していないかのように、キラキラと瞳の奥を輝かせていた。
内向的な性格で、大人数より少人数、鬼ごっこやなわとび、ボール遊びなどの外遊びより、絵本や塗り絵などの室内遊びを好むその子が、珍しく外へ出た事を内心喜ばしく思っていた先生は、その理由につい一週間前、途中入園して来た男の子が絡んでいることに気がついた。
一年の半分が過ぎた頃途中入園でやって来たその男の子は、登園一日目にして年長クラスの殆どの園児達の顔と名前を覚え、二日目にはクラスに馴染んでいた。一週間が経った現在では皆が男の子の周りに集まり、率先して遊びを展開している。
「さとみくんも、ボール遊びに混ぜてもらう?」
「…ぼーるは、いい。……ぼく、じょうずにできないから」
先生の言葉に少し肩を落とし、ポツリと言葉を漏らす。
「そっか。今は泥団子作るのにハマってるんだもんね。かっこいいの作れたらまた先生にも見せてくれる?」
「…うん!」
「れいかせんせー! こっち来てー! カレー作ったの! 夏やさいカレーよ」
「あら〜、先生の大好物のナスは入ってるかな〜。食べるのが楽しみ!」
低い位置で一括りにした茶髪をさらりと揺らし、園児から絶大な人気を誇るれいか先生は、砂場でおままごとをしている子ども達に呼ばれ、その場を後にした。
再び一人になったその子は、手の中の泥団子に水をかけ、形を整えるのに夢中になった。そして、時々顔をあげ、ボールを追いかける男の子の姿を視界の先に捉えていた。

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