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その日の夜。
女は初めて自分からあの夢を見たいと思った。
あの赤ちゃんが、自分の妹と知ったからだ。改めて姉として、せめて夢の中でくらいあの子を幸せにしてあげたかった。
彼女の望み通り、あの夢を見た。
いつも通りの暗闇。ただ、違うのは赤ちゃんがいないこと。
どうしてなのか。ようやくちゃんと向き合うことができたのに。
もしや、もういなくなってしまったのか……?
嫌な予感がよぎる。
静謐が包む空間で、いつも以上に感覚が研ぎ澄まされる。
闇の向こうに、何かいる。妹、なのか?
すると、黒をかき分け一人の赤ちゃんが出てきた。妹だ。
ほっと胸をなで下ろす女だったが、違和感に気付く。
妹の後にまだ、何かがいる。
何も見えない目先の空間を凝視する。
大きい塊が、動いている?
もっと目を凝らす。
大きなもの……ではない。小さな生き物が密集している。
女はそれが何かわかり、ぎょっとした。
群衆、それもただの群ではない。
全て赤ん坊だった。
何百、いや何千を越えるほどの赤ん坊が、モゾモゾ動きながらこちらにやってくる。
皆、干からびてまるでミイラのようだ。
女は直感的に思った。――あれに同情しちゃダメだ――
そして触れてもだめだと感じた。しかし、逃げるに逃げられない。こちらに向かってくる妹がいるのだから。
見捨てることはできない。だがこのままでは二人とも引き込まれてしまう。
大勢の赤ん坊だったものが一斉に向かってくる。あたりは悲しみや恨みを含んだ泣き声で満たされた。
どうすることもできないまま、群衆があと五メートルのとこまで来たとき、妹が止った。そして、
プツン
とはっきりとした音が聞こえた。
瞬間、妹と群衆はまとめて暗闇に、落ちていくように吸い込まれていった。
呆気にとられる女は、その場にへたり込み、夢の意識が消えていった。
目覚めたとき、恐らく生まれたときからあったはずの紐が、右手の小指から無くなっていた。
そして、それ以降赤ん坊の夢も見なくなった。
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