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隆史の過去
隆史が北千住のアパートに戻る頃には、太陽はキレイなオレンジ色に輝いていた。鞄を部屋の隅に放り投げると、電気もつけずにベットに横になる。
スマホを取り出して、メッセージアプリを開いてみた。白い光が、隆史のニヤけた顔を照らす。電車の中でもニヤけそうになるのを
、必死で堪えたのだ。しかし誰もいないこの部屋では、我慢する必要もない。その視線の先には、川口司の文字があった。
この感覚は、覚えがある。学生時代、まだ自分がDomなのかSubなのかわからなかった頃、恋する相手に向けた感覚。その時も、ノートの隅に書いた相手の名前を見てニヤけていた。
「まさか、俺がDomだなんてな」
気の弱い自分は、ずっとSubだと思って生きてきた。隆史は母親のように、人に命令したり、怒鳴りつけるのは苦手だ。もちろん父親に対する愛情は溢れるばかりにあったのだけれど。それでもやはり、支配というとピンとこない。それは隆史が、まだまだ子供だったからだろう。だからこそ両親も、隆史がSubだと信じて疑わなかった。
それらが覆ったのは、高校入学と同時に実施されたダイナミクス検査を見たときだった。
学校に抗議こそしなかったものの、やはり検査ミスもしくは取り違えを考えてしまう。
「隆史は、どうしたいんだ?」
優しい父が、隆史の肩を抱きながらそう尋ねる。検査するにもしないにも、まずは隆史の気持ちを優先させてくれたのだ。
幸いなことに、再検査の金額は大して高額というほどのものでもない。健康診断と同じくらいの値段だ。近くに大きな病院もあるので、そこで検査ができる。
「もう一回、検査してもらいたい」
そう答えた翌週、隆史は母親に連れられて病院へと向かった。
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