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prologue
ここは、忘れられたスラム街。
通称「ダーク・スモーキー・マウンテン」。
頂上が見えないほど、高く積み上げられたゴミの山。
足元を這いずる黒光りする虫、顔の周りをうるさく飛び回るハエ、骨だけになった人の死体、鼻をつまんでも身体に入ってくる腐臭、そして糞尿の臭い。
時にはゴミが太陽の光で自然発火し、あちこちで火災が発生する。至る所で、有害物質を含んだ黒い煙が立ち昇っているので、ダーク・スモーキー・マウンテン、と呼ばれている。
政府の公式発表では、ここに住人はいないことになっている。
だが、ゴミ山のまわりには、廃材を使って建てられた、粗末な小屋が並んでいる。
大きな木の板を、粗大ゴミで挟み込んで立て、ビニールシートを屋根代わりにかぶせただけの小屋。木の板を地面に刺し、トタンを巻きつけただけの小屋。雨が降ると、雨漏りで泥だらけになってしまうような、そんな小屋。
ここにも生活する住人がいるのだ。忘れられた住人が。
一日に数回、もうもうと排気ガスを撒き散らしながら、溢れんばかりにゴミを載せた大型トラックがやってくる。そのトラックがゴミを吐き出し、ゴミの山の標高を高くしていく。
排気ガスを撒き散らしてトラックが去っていくと、そのゴミを拾いに、ぞろぞろと住人がゴミの山にやってくる。
ゴミの売買益を、生活の糧とするために。
首元がよれたTシャツと半ズボン、サンダルを履いて現れた男性の口元には、歯が三本しか見えない。まだ老人というには早いのに、腰が曲がり、顔には皺が刻まれている。
幼い子どもを紐で背中にくくりつけた、大柄な女性。汚れた派手な花柄のワンピース、日に焼けた肌。焼けるような日差しに晒されながら、泣いている子どもをあやし、ゴミを拾う。
大人は皆、人生に絶望したような表情で、それでも生きるためにゴミを漁り続ける。
換金できるゴミはいろいろある。
ペットボトルや電気製品、ダンボールなどの紙類、シャツやズボンなどの衣類。木製品は、燃やして炭にすると、少しだけ高く売れる。
週に三回ほど、中型トラックでやって来るジャンクショップ。住人はそこにゴミを売り、わずかなお金を得る。
それが、この場所の日常だった。
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