prologue

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 紅い満月が煌々と輝く夜。  ゴミの隙間から這い出た少年は、錆びついたナイフを持って歩く。その青い瞳で、獲物を探しながら。  このナイフを使ってみたい。少年は、そんな衝動に突き動かされながら歩く。  昼間はあんなに暑かったのに、夜は肌を刺すような冷たい風が吹く。電灯もないこの場所では、月明かりだけが頼りだ。  少年の瞳が捉えた、動く影。  その正体は、一匹の野犬だった。  ゴミ袋の残骸が転がる地面の上にある、人間の死体。その腐肉を貪り食っている。群れから離れているのか、ほかの野犬は見当たらない。 少年の背丈より大きい野犬。硬そうな体毛が逆立つ。  月明かりに、鋭い牙と、野犬の眼球だけが光っている。半開きになった口からは、長い舌とともに、(よだれ)が滴り落ちる。  この野犬にとって、少年は『餌』でしかない。  いつもは恐怖の対象であった野犬。  少年は、野犬の方へと近づいていく。足音を立てないように、ゆっくりと。たった一振りのナイフが、少年を大胆な行動へと導いているようだ。  恐怖は感じなかった。ただ、血が沸騰するような、不思議な感覚に囚われていた。  少年の足の裏が、ざりっ、と音をたてる。砂を踏む音。その音に気づいた野犬は顔を上げ、唸り声をあげて少年を睨む。  少年は両手でナイフを持ち、野犬に向かって走り出した。  大きく口を開け、噛み付こうとする野犬。 少年は、その口の中に、自分の両手ごとナイフをつっこみ、喉の奥にナイフを突き刺す。  ずぶっと音を立てて、喉の奥に吸い込まれるナイフ。獣臭い息とともに、温かい血とぬるぬるした粘液が、少年の腕にかかる。  声にならない叫び声をあげ、大きな口から涎と血を撒き散らし、右へ左へと身体を(よじ)る野犬。同時に、少年の身体も振り回される。少年の腕に犬歯がかすり、血が流れる。野犬の血と混ざり合い、傷口が沁みる。それでも少年はナイフを離さない。  振り回された勢いで、ナイフとともに少年は吹っ飛び、ゴミの山に叩きつけられる。  口から大量の血を吐く野犬。  少年は起き上がると、左手でナイフを持ち、走り出す。逃げようとする野犬の背中に飛び乗る。右手で野犬の硬い毛を掴み、両足でしがみついて、左手でナイフを突き刺す。刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返していた。  野犬の悲鳴を聞きながら、ただそれだけを夢中で繰り返す。  何十回、そんなことを繰り返しただろうか。 野犬は力尽きたように、動かなくなった。  月明かりが照らし出した、少年の顔は。 …愉悦で歪んでいた。  仕留めた野犬のお腹を引き裂き、皮を剥ぎ、内臓を引きずり出す。  そして、まだ温かい肉を手掴みで引き摺り出し、そのまま(むさぼ)り食った。  少年の腹が満ちるまで。  少年の身体が、返り血で鮮血に染まるまで。
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