138人が本棚に入れています
本棚に追加
紅い満月が煌々と輝く夜。
ゴミの隙間から這い出た少年は、錆びついたナイフを持って歩く。その青い瞳で、獲物を探しながら。
このナイフを使ってみたい。少年は、そんな衝動に突き動かされながら歩く。
昼間はあんなに暑かったのに、夜は肌を刺すような冷たい風が吹く。電灯もないこの場所では、月明かりだけが頼りだ。
少年の瞳が捉えた、動く影。
その正体は、一匹の野犬だった。
ゴミ袋の残骸が転がる地面の上にある、人間の死体。その腐肉を貪り食っている。群れから離れているのか、ほかの野犬は見当たらない。
少年の背丈より大きい野犬。硬そうな体毛が逆立つ。
月明かりに、鋭い牙と、野犬の眼球だけが光っている。半開きになった口からは、長い舌とともに、涎が滴り落ちる。
この野犬にとって、少年は『餌』でしかない。
いつもは恐怖の対象であった野犬。
少年は、野犬の方へと近づいていく。足音を立てないように、ゆっくりと。たった一振りのナイフが、少年を大胆な行動へと導いているようだ。
恐怖は感じなかった。ただ、血が沸騰するような、不思議な感覚に囚われていた。
少年の足の裏が、ざりっ、と音をたてる。砂を踏む音。その音に気づいた野犬は顔を上げ、唸り声をあげて少年を睨む。
少年は両手でナイフを持ち、野犬に向かって走り出した。
大きく口を開け、噛み付こうとする野犬。
少年は、その口の中に、自分の両手ごとナイフをつっこみ、喉の奥にナイフを突き刺す。
ずぶっと音を立てて、喉の奥に吸い込まれるナイフ。獣臭い息とともに、温かい血とぬるぬるした粘液が、少年の腕にかかる。
声にならない叫び声をあげ、大きな口から涎と血を撒き散らし、右へ左へと身体を捩る野犬。同時に、少年の身体も振り回される。少年の腕に犬歯がかすり、血が流れる。野犬の血と混ざり合い、傷口が沁みる。それでも少年はナイフを離さない。
振り回された勢いで、ナイフとともに少年は吹っ飛び、ゴミの山に叩きつけられる。
口から大量の血を吐く野犬。
少年は起き上がると、左手でナイフを持ち、走り出す。逃げようとする野犬の背中に飛び乗る。右手で野犬の硬い毛を掴み、両足でしがみついて、左手でナイフを突き刺す。刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返していた。
野犬の悲鳴を聞きながら、ただそれだけを夢中で繰り返す。
何十回、そんなことを繰り返しただろうか。
野犬は力尽きたように、動かなくなった。
月明かりが照らし出した、少年の顔は。
…愉悦で歪んでいた。
仕留めた野犬のお腹を引き裂き、皮を剥ぎ、内臓を引きずり出す。
そして、まだ温かい肉を手掴みで引き摺り出し、そのまま貪り食った。
少年の腹が満ちるまで。
少年の身体が、返り血で鮮血に染まるまで。
最初のコメントを投稿しよう!