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大成
都心から離れた住宅街にある居酒屋。この街はベッドタウンだけあって、この店に来る顔ぶれは大体同じようなものだ。会社帰りにもう少し飲みたい近所の者がフラッと寄るのに丁度いい小さな店。男もその一人だった。まだ夜の7時前だからか、客はカウンターに3人ほどだ。男は焼きイカをツマミにカウンターで酒を飲んでいる。そんな男には晴れやかな雰囲気があった。それは何か覚悟を決めたような、そんな雰囲気だった。
「大将、もう一杯水割りで森伊蔵ちょうだい」
高級芋焼酎を注文する男。何でも今日この日のためにわざわざ店主が入手困難なこの焼酎を用意したらしい。男に1ヶ月も前から頼まれていた。
「あいよカメちゃん。でも全部飲んだら勿体ないよ。味が分からない程酔っぱらったら、いつもの焼酎に切替えな」
男は亀野大成といった。それでカメちゃん。
「いや、全部飲むよ。ベロベロになっても飲んでやる」
強気に言う大成に何やら期待を浮かべた顔をして店主が、
「で、どうだったんだい? 早く教えてよっ」
と二人だけに分かるような話を持ち掛けた。
「フフ・・・」
大成は顎を上げてニヤけると、
「今までお世話になりました」
と店主に目を細めた。
「やったのか?!」
興奮気味に前に詰め寄る店主。
「やりましたよ、100回目の落選!」
その言葉を聞くと同時に眉間にシワを寄せて、
「何だよ~、糠喜びさせるなよなぁ」
ガッカリとする店主。
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